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ANTとOOOを統合する研究方法「トレース/退隠二重記述法」とは?デザイン研究・アート実践への応用ガイド

導入:なぜ今「ANT×OOO」の研究方法が必要なのか

デザイン研究や芸術実践では、人だけでなく素材、道具、ソフトウェア、制度、展示空間などの「モノ」が、制作や社会のあり方を左右しています。こうした人間と非人間の関係を経験的に追う理論として、アクターネットワーク理論(ANT)が広く使われてきました。一方、オブジェクト指向存在論(OOO)は、対象は関係や知識によって説明し尽くされないと主張します。

本記事では、両理論を無理に一つの存在論にまとめず、**二つの規律として組み合わせる研究方法「トレース/退隠二重記述法(Trace–Withdrawal Hybrid:TWH)」**を紹介します。なお、TWHは学界で定着した方法名ではなく、両理論の接続を試みる研究プロトコルの提案です。以下、理論の違い、具体的な進め方、評価と倫理、事例への応用の順に解説します。


ANTとOOOの違いをわかりやすく整理

ANT(アクターネットワーク理論)の特徴:関係を経験的に追跡する

ANTは、「社会」や「技術」をあらかじめ決まった領域として扱わず、それらを成り立たせている**連関(association)**をたどるアプローチです。Bruno Latourは『Reassembling the Social』(2005年)で、ANTを連関の社会学として体系化しました。Michel Callonによるホタテガイと漁師の研究(1984年)は、「翻訳(translation)」という概念をANTの中心に据えた古典的研究として知られています。

ANTの強みは、誰が・何が・どの媒体を通じて・どう変化を生んだのかを、観察、インタビュー、文書、人工物など多様な証拠から追える点にあります。

OOO(オブジェクト指向存在論)の特徴:対象は関係に尽くされない

Graham HarmanのOOOでは、人間か非人間か、実在か虚構かを問わず、対象は互いに自律しているとされます。対象は知覚や使用、外部との関係によって完全には現れず、つねに**退隠(withdrawal)**している、という考え方です。HarmanはLatourを重要な哲学者として評価しつつ、ANTがアクターを関係に寄せすぎるあまり、その自律的な実在を十分に確保していないと『Prince of Networks』(2009年)で批判しています。

両理論を「単純に融合」してはいけない理由

「どちらも人間中心主義を批判しているから同じ」とまとめてしまうと、ANTの経験的な関係追跡と、OOOの「関係でも対象は尽くされない」という主張の違いが消えてしまいます。TWHが採用するのは存在論的な統合ではなく、方法論的な相補性です。関係についてはANTで経験的に語り、対象全体についてはOOOで留保をかける、という役割分担になります。


トレース/退隠二重記述法(TWH)の基本原則

経験的節制と存在論的節制という二つのルール

TWHの核心は、次の二つを同時に守ることにあります。

  • 経験的節制:観測した関係以上のことを、ANTの名で対象に帰属させない。
  • 存在論的節制:観測した関係を、対象そのものの完全な定義と見なさない。

「退隠」は測定するものではなく、反・全体化のルール

重要なのは、退隠そのものをデータとして観測できたと主張しないことです。故障や素材の予想外のふるまいは「退隠の証明」ではなく、「これまでの対象記述が不十分だった」ことを示すきっかけとして扱います。退隠を数値化するような疑似的な指標も設けません。こうすることで、OOOを無理に経験科学へ変形せずに研究手順へ組み込めます。


TWHの実践手順:追跡・プローブ・制作・再追跡の循環

フェーズ1:問題設定と倫理設計

最初から「製品」や「作品」を研究単位に固定せず、まず問題として立ち上がっている事柄(matter of concern)と、出発点となるアクターを決めます。研究計画には「再構成するネットワークは対象の完全な姿ではない」という非網羅性条項を明記し、参加者の同意やデータ保存・共有の条件も事前に設計します。

フェーズ2:ANTによる経験的追跡

観察、対象を手がかりにしたインタビュー、文書や設計ファイル・制作版の追跡を組み合わせます。質問は抽象的な意見ではなく、「この素材をいつ変更したか」「その決定を何が可能にしたか」のように、具体的な出来事から次のアクターへ移れる形にするのがポイントです。各記録には識別番号を付け、媒介、変化、不確実性、倫理上の注意点を残します。

フェーズ3:焦点対象の選定と「退隠プローブ」

すべてのアクターを均等に分析すると研究が終わらなくなるため、複数のネットワークを媒介する対象、故障や抵抗を生む対象、関係者の説明が食い違う対象などを焦点として選びます。そのうえで、次のような退隠プローブを行います。

  • 遭遇差プローブ:同じ対象を異なる人・機械・場所・時間に置く
  • 抵抗・破綻プローブ:故障、摩耗、遅延、修理の場面を観察する
  • 変位プローブ:移動、分解、尺度変更、再設置を行う
  • 間接表現プローブ:写真、録音、型取り、3Dスキャン、再制作などで別の接近経路をつくる

プローブごとに「退隠メモ」を作成し、以前の記述、新たに現れた相貌、修正すべき関係を記録します。その際、「これが対象の本当の本質だ」と断定していないかを必ず確認します。

フェーズ4:アート制作・Research through Designと再追跡

制作はフィールドワークの「後」に置くのではなく、関係を変える実験的な介入として位置づけます。既存のネットワークに従う制作、要素を除去・変位させる制作、そこで生じた抵抗を出発点にする制作、と段階的に反復するのが一案です。制作ログには素材、道具、環境条件、失敗や修正を残し、介入後に改めてANTで追跡します。この往復が、TWHを単なる理論の組み合わせで終わらせないための要になります。


TWHの評価方法と研究倫理

再現性ではなく「再追跡可能性」で評価する

ANT的な追跡は研究者の探索経路に依存し、OOOは一つの記述で対象を尽くすことを否定します。そのため、別の研究者が同じ結論に達するかではなく、第三者が証拠と判断の分岐をたどり直せるかを重視します。評価の観点としては、主張が一次資料まで遡れるか、反例を削除せず保存しているか、「観測した相貌=対象全体」という推論がないか、分析が実際の設計・制作判断を変えたか、などが考えられます。

また、同じ事例をANTのみで分析した場合とTWHで分析した場合を比較し、見落とされたアクターの発見や制作案の生成性に差が出るかを検証することも有効です。差が見られなければ、TWHの有用性を見直す必要があります。

分析上の対称性と倫理上の同一性を混同しない

人間と機械を同じネットワーク図に描くことは、両者が同じ権利や責任をもつことを意味しません。ネットワーク図の公開では、役職や時刻の組み合わせから個人が特定されるリスクにも注意が必要です。芸術制作では、素材調達、廃棄、設置場所への影響なども倫理上の記録対象になりえます。

さらに、「対象は退隠している」という命題で証拠不足を正当化してはいけません。**「不明」「未追跡」「原理的に非網羅的」**を区別して記録することが、TWHの最低限の誠実さです。


デザイン研究・芸術実践への応用事例

建築論争のマッピング(Yaneva)への応用

Albena Yanevaは、デザインされた対象が社会的結合を組み替えると論じ、建築をめぐる論争をアクターの軌跡として可視化する方法を示しました。TWHでは、論争マップが詳細になっても対象が説明し尽くされたとは考えず、模型や建築部材などを焦点対象にしてプローブをかけ、背景化していた媒介を再追跡する、という拡張が考えられます。

OOOを用いたデザイン研究への応用

Lindley、Akmal、Coultonは2020年の論文で、IoTを主題とした複数のResearch through DesignプロジェクトにOOOを発想・分析・理論形成の道具として用いています。Ian Bogostの「carpentry(モノを作ることで哲学する)」とも接続する試みです。TWHは、制作で起きた意外な出来事を、調達やソフトウェア更新、利用者などの連鎖までANTで追う点で補完できる可能性があります。

芸術・科学展示や工芸実践への応用

LatourとPeter Weibelの構想にもとづくZKMの「Critical Zones」展のように、芸術・科学・政治が交差する展示では、センサー値や地図を対象そのものと同一視しない二重記述が役立つ可能性があります。また、身体と素材の関係を重視する工芸系の現代美術プロジェクトでは、作家と素材の関係を供給網や展示制度まで追跡しつつ、素材を作家の意図へ還元しない分析が考えられます。


まとめ:ANTとOOOの「緊張」を研究の原動力にする

TWHのポイントは次の三点に集約できます。

  1. ANTで関係を経験的に最大限追跡する
  2. OOOで「対象を完全に把握した」という主張を禁じる
  3. 制作を介入として用い、新たな追跡を再開させる

両理論の違いを消すのではなく、その緊張を保ったまま研究を回す装置にすることが、この方法の独自性です。今後は、パイロット研究によってANT単独の分析と比較し、TWHが実際に新しい発見や制作判断をもたらすのかを検証することが求められます。あわせて、退隠プローブの類型化や、制作ログを含むデータ公開の倫理的設計も、掘り下げる価値のあるテーマです。

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