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一般化エントロピーと量子極値曲面(QES)とは?ホログラフィック・エンタングルメントの最前線

一般化エントロピーとQESがなぜ重要なのか

量子重力と量子情報の接点に「エンタングルメントエントロピー」がある。AdS/CFT対応において、境界理論の量子情報をバルク幾何で記述する試みは、Ryu–Takayanagi(RT)公式によって大きく前進した。しかしRT公式は「古典重力」極限の式であり、バルク量子ループ効果(1/N補正)を含む精密な微視的エントロピーには対応できない。

この限界を突破するのが、**一般化エントロピー(Generalized Entropy)と、それを極値化する量子極値曲面(Quantum Extremal Surface; QES)**という概念だ。本記事では、その数学的定義から物理的意味、そして近年の情報パラドックスへの応用まで体系的に解説する。


RT公式とその限界:古典重力では何が足りないのか

Ryu–Takayanagi公式の基本

AdS/CFTにおける境界領域 AAA のエンタングルメントエントロピーは、静的状況では次式で与えられる。 S(A)=Area(γA)4GNS(A) = \frac{\mathrm{Area}(\gamma_A)}{4G_N}S(A)=4GN​Area(γA​)​

ここで γA\gamma_AγA​ は境界 A\partial A∂A に終端し、AAA とホモロガスなバルク共次元2の 極小曲面である。この面積がブラックホールのBekenstein–Hawkingエントロピーと同型であることは、エンタングルメントと幾何の対応を端的に示す。

時間依存状態に対しては、Hubeny–Rangamani–Takayanagi(HRT)処方が「極値曲面」を用いた共変的な拡張を与え、Wall の maximin 構成によって強劣加法性などの情報論的不等式との整合性が確保された。

なぜ量子補正が不可欠なのか

RT/HRT は大 NNN・強結合・バルク量子揺らぎ無視という古典極限で成立する。境界理論における 1/N1/N1/N 補正(バルク一ループに対応)を取り込むと、単なる微小修正にとどまらない場合がある。特に**蒸発ブラックホールの放射エントロピー(Page曲線)**の文脈では、補正が曲面の位置そのものを大域的に変えるほどの効果を持ちうる。この事実が、RT公式の量子的一般化を必要不可欠にした。


一般化エントロピーの数学的定義

FLM量子補正とSgenの登場

Thomas Faulkner・Lewkowycz・Maldacena(FLM)による一ループ補正は、古典の面積項にバルク有効場理論の一ループ寄与——RT曲面が分割する二領域間のバルクエンタングルメントエントロピー——を加算するという形をとる。この枠組みで中心的な役割を担うのが一般化エントロピーだ。Sgen[Σ]Area(Σ)4GN+Sbulk(Σ)S_{\mathrm{gen}}[\Sigma] \equiv \frac{\mathrm{Area}(\Sigma)}{4G_N} + S_{\mathrm{bulk}}(\Sigma)Sgen​[Σ]≡4GN​Area(Σ)​+Sbulk​(Σ)

ここで Σ\SigmaΣ は候補となる共次元2曲面、Sbulk(Σ)S_{\mathrm{bulk}}(\Sigma)Sbulk​(Σ) はその曲面が定めるバルク部分系における量子場のvon Neumannエントロピーである。

Sgenが有限量である理由

SbulkS_{\mathrm{bulk}}Sbulk​ は一般に「エリア則発散」などの紫外発散を持つため、単独では物理量として定義できない。しかし面積項(重力結合 GNG_NGN​ の繰り込みを含む)と組み合わせた SgenS_{\mathrm{gen}}Sgen​ は、半古典重力における自然な有限量として現れる。Susskind–Uglum の議論が示したように、ブラックホールエントロピーの量子補正が重力結合の繰り込みと同一視できるという事実とも整合する。

一般化第二法則との関係

一般化エントロピーはもともと、ブラックホール熱力学における一般化第二法則(GSL)SBH+Soutside は非減少S_{\mathrm{BH}} + S_{\mathrm{outside}} \text{ は非減少}SBH​+Soutside​ は非減少

の中心量として Bekenstein が導入した。QESで用いる Sgen[Σ]S_{\mathrm{gen}}[\Sigma]Sgen​[Σ] は、この GSL の形式を任意の共次元2曲面へ拡張したものだ。量子集中性予想(Quantum Focusing Conjecture; QFC)では SgenS_{\mathrm{gen}}Sgen​ を用いて「量子膨張」を定義し、古典の集中定理の量子一般化を主張する。


量子極値曲面(QES)の定義と変分原理

QESの三段階の定義

Netta Engelhardt と Aron C. Wall は、任意次数のバルク量子補正を含める一般処方として以下を提案した。

  1. 共次元2曲面 Σ\SigmaΣ に対し Sgen[Σ]S_{\mathrm{gen}}[\Sigma]Sgen​[Σ] を定義する。
  2. Σ\SigmaΣ を変分して δSgen[Σ]=0\delta S_{\mathrm{gen}}[\Sigma] = 0δSgen​[Σ]=0 を満たす曲面を**量子極値曲面(QES)**と呼ぶ。
  3. 物理的エントロピーは、候補QESの中で SgenS_{\mathrm{gen}}Sgen​ を最小にするものを選んで与える。

S(A)=minΣQES(A)Sgen[Σ]S(A) = \min_{\Sigma \in \mathrm{QES}(A)} S_{\mathrm{gen}}[\Sigma]S(A)=Σ∈QES(A)min​Sgen​[Σ]

変分条件は概念的にはδ ⁣(Area4GN)+δSbulk=0\delta\!\left(\frac{\mathrm{Area}}{4G_N}\right) + \delta S_{\mathrm{bulk}} = 0δ(4GN​Area​)+δSbulk​=0

であり、幾何学(平均曲率)由来の面積変分バルク量子情報(外部エンタングルメント)由来の変分が釣り合う条件として読める点が重要だ。

自己無撞着な反復計算

QES条件は自己無撞着性を持つ。曲面の位置が SbulkS_{\mathrm{bulk}}Sbulk​ を決め、SbulkS_{\mathrm{bulk}}Sbulk​ が曲面位置を決めるためだ。実計算では次の反復手続きが自然になる。

まず古典HRT/RT面を初期値として取る。次にその面でバルク場のエントロピー SbulkS_{\mathrm{bulk}}Sbulk​ を計算する。そして δSgen=0\delta S_{\mathrm{gen}} = 0δSgen​=0 を満たすよう曲面を更新し、収束まで繰り返す。この手続きは、FLMを「曲面位置固定の一次補正」として再現しつつ、より高次では曲面の移動(バックリアクション的効果)を自動的に取り込む点で本質的だ。


QESと情報論的概念の接続

Entanglement Wedgeと部分系の再構成

QESによって境界領域 AAA と結ばれるバルク領域は entanglement wedge と呼ばれ、境界部分系が再構成できるバルク領域の候補として機能する。Jafferis らの「境界相対エントロピー=バルク相対エントロピー」(JLMS関係)は、境界のモジュラー構造が entanglement wedge 内のバルク量子場のモジュラー構造と対応することを示す。

さらにDong–Harlow–Wallにより、適切なコード部分空間の仮定の下でentanglement wedge内のバルク演算子が境界領域 AAA の演算子として再構成できることが証明された。これはAdS/CFTを 量子誤り訂正符号として捉える視点へと収束し、QESは「どの情報がどの境界部分系に符号化されるか」を決める構造として機能する。

エッジモードと部分系分割の精密化

ゲージ理論や重力では部分系の因子化が自明でないため、エントロピーの定義を代数的に捉える必要がある。電磁場のエントロピーに現れる接触項(Kabat項)は、Donnelly–Wallによりエッジモード(境界自由度)として理解された。重力においても、境界自由度を明示的に導入する拡張相空間の枠組みが、面積項の起源——「貼り合わせ方の自由度の計数」——という解釈を強化している。


島公式とPage曲線:情報パラドックスへの応用

ブラックホール情報パラドックスとPage曲線

Hawkingの半古典計算は、蒸発後に混合状態が残るかのように見え、ユニタリティと矛盾するという問題を提起した。Pageはユニタリー蒸発ならば、放射のvon Neumannエントロピーは初期に増え、ある「Page時刻」で最大となり、その後減少するというPage曲線を予測した。

島公式の導出

放射領域 RRR のエントロピーを島公式で表すと次のようになる。 S(R)=minIext[Area(I)4GN+Sbulk(RI)]S(R) = \min_I \mathrm{ext}\left[\frac{\mathrm{Area}(\partial I)}{4G_N} + S_{\mathrm{bulk}}(R \cup I)\right]S(R)=Imin​ext[4GN​Area(∂I)​+Sbulk​(R∪I)]

重力領域内の「島」III を候補に含めたとき、遅い時刻では II \neq \emptysetI=∅ の解が支配的となり、S(R)S(R)S(R) がPage曲線と整合する振る舞いを示す。

この公式は、レプリカ法で Tr(ρRn)\mathrm{Tr}(\rho_R^n)Tr(ρRn​) を計算する際に重力経路積分へ「異なるレプリカ間をつなぐwormhole鞍点(replica wormhole)」を含めると現れることが示され、特にJT重力などの2次元モデルで詳細に追跡できる。

Page曲線の機構:「島なし」と「島あり」の競合

放射エントロピーの挙動は2候補の最小化として現れる。

島なし(Hawking的)の場合、初期には Sbulk(R)S_{\mathrm{bulk}}(R)Sbulk​(R) が時間とともに増大し続け、熱的放射の累積エントロピーに近い成長を示す。島あり(ユニタリー整合)の場合、遅い時刻では「面積(ディラトン)項+Sbulk(RI)S_{\mathrm{bulk}}(R \cup I)Sbulk​(R∪I)」が事実上 2SBH2S_{\mathrm{BH}}2SBH​ 程度で飽和し、放射エントロピーが減少に転じる。

この切り替わる時刻がPage時刻であり、min\minmin が「どちらの鞍点が支配的か」を決める。こうして、半古典幾何と重力レプリカ鞍点の枠内でPage曲線が再現される。

AdS3/CFT2における具体的計算例

境界 1+11+11+1 次元CFTの無限直線上で長さ \ellℓ の区間 AAA の真空エンタングルメントは、CFT側では S(A)=c3logεS(A) = \frac{c}{3}\log\frac{\ell}{\varepsilon}S(A)=3c​logεℓ​

として与えられる。RTはAdS₃の t=0t=0t=0 スライスで境界端点を結ぶ測地線の長さを用い、Brown–Henneauxの c=3L/2GNc = 3L/2G_Nc=3L/2GN​ を使うとCFT結果と一致する。この一致はRTの最も基本的な整合性チェックであり、「幾何(測地線長)」が「エンタングルメント(対数発散)」へ写ることを具体的に示す。


最新の未解決問題と研究の最前線

Wormhole・ベビー宇宙と因子化問題

replica wormholeを許す重力経路積分はPage曲線を再現する一方で、「AdS/CFTの境界CFTは単一理論なのに、バルクのwormholeはアンサンブル平均を示唆するのではないか」という因子化問題を再燃させた。JT重力が行列積分(アンサンブル)として非摂動的完成を持つことは明示的であるが、通常のAdS/CFTへの一般化は現在も議論が続く。

多重QESと選択基準

実際の時空ではQESが複数存在しうるため、どのQESを選ぶかは原理的に重要だ。量子maximin構成がその克服策として提案されており、最小QESと一致するという結果が島公式の「min-ext」の順序の正当化に直結する。高次導関数理論や一般的な状態への拡張が今後の課題だ。

観測可能代数と代数的定式化

重力・ゲージ系では部分系の因子化が破れるため、エントロピーの定義をvon Neumann代数の言語で捉える必要がある。近年、entanglement wedgeと島を観測可能代数の制限として記述する試みが活発化しており、「放射の代数がブラックホール内部の一部を含む」という描像の代数的定式化が進んでいる。


まとめ:一般化エントロピーとQESが拓く量子重力の地平

本記事の要点を整理する。

一般化エントロピー Sgen=Area/(4GN)+SbulkS_{\mathrm{gen}} = \mathrm{Area}/(4G_N) + S_{\mathrm{bulk}}Sgen​=Area/(4GN​)+Sbulk​ は、ブラックホール熱力学の自然な量子拡張であり、ホログラフィーにおける境界部分系エントロピーをバルク量子効果込みで与える汎関数だ。QES(δSgen=0\delta S_{\mathrm{gen}} = 0δSgen​=0)と最小化規則は、この量を幾何学に落とし込むことで、Page曲線やentanglement wedgeの相転移を半古典幾何の枠内で説明可能にした。その成功はreplica wormholeを含む重力経路積分の新しい理解と結びつき、同時に因子化問題・アンサンブル解釈・エッジモードと代数的エントロピー・多重QESの選択と安定性など、量子重力の「部分系」と「可観測量」の定義に関する根本問題を再定式化した。

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