AI研究

言語とセンスメイキング――身体的な意味生成はどのように「ことば」へと育つのか

はじめに――なぜ「意味の起源」を問い直す必要があるのか

言語を「頭の中の情報を音声に変換する道具」として捉える見方は直感的ですが、乳幼児の発達や身体を使ったコミュニケーションの研究を見ていくと、それだけでは説明しきれない現象が数多く存在します。エナクティブ認知科学は、認知を「外界を脳内に写し取る作業」ではなく、生物が身体を通じて環境と結びつき、自らの生存や行為にとっての意味をその都度つくり出していく過程として捉え直します。本記事では、この立場に基づいて、身体的な意味生成(センスメイキング)がどのようなステップを経て言語や記号へと分化していくのかを、理論的背景・実証研究・代表的な形式化モデルの三つの角度から整理します。

エナクティブ認知科学の基本的な考え方

センスメイキングとは何か

エナクティブ・アプローチの中心にあるのは、認知主体とその主体にとって意味のある世界は、行為を通じて相互に成立するという考え方です。対象がその生物にとって意味を持つのは、対象そのものの客観的な特徴によってではなく、その生物が自らの状態を維持し、行為を続けていけるかどうかという関係性の中で決まるとされます。この過程がセンスメイキングと呼ばれます。

自律性・身体性・適応性という三つの柱

この枠組みを支える中心概念は、自律性、身体性、創発、経験の四つに整理できます。自律性とは、システムを構成する複数の過程が互いに支え合い、システム自身のまとまりを産出し続けることを指します。生物学的な原型としてオートポイエーシス概念が用いられますが、それだけでは行動の有意味性を十分に説明できないため、生存可能性の悪化傾向を検出し調整する「適応性」という概念が補われています。つまり、環境の中の何かが意味を持つかどうかは、その主体の維持可能性や行為可能性との関わり方によって決まると考えられます。

さらに社会的な場面では、意味生成は個体の内部だけで完結しません。二者の相互作用そのものが一時的なまとまりを持ち、個体単独では生まれない意味を生成しうるという「参与的センスメイキング」の考え方も、この分野の重要な柱です。

身体的センスメイキングから言語への三段階モデル

身体的な意味生成が言語へと移行していく過程は、知覚表象に単純にラベルを貼る一点的な出来事としてではなく、次のような複数段階の再編成として捉えることができます。

第一段階:感覚運動スキーマと価値づけの形成

身体と環境の結びつきが繰り返されることで、安定した感覚運動スキーマと、その状況に対する価値づけが形成されます。ここではまだ他者との共有は前提とされず、個体が環境との関わり方を通じて世界を区別していく段階です。

第二段階:相互調整による共有可能な区別の発生

複数の主体が互いに調整し合う中で、視線や身振り、タイミングといった要素を通じて、共有可能な区別や期待、役割が生まれていきます。この段階では、意味が個体内部だけでなく相互作用のプロセスそのものに宿るようになります。

第三段階:記号体系への分化

反復可能な声や身振りが、相互調整を圧縮し、時間や場所を超えて再現・遠隔化するための道具として機能し始めると、それらは徐々に記号体系として分化していきます。ここで重要なのは、記号の成立を「内部状態が外界を正しく表しているかどうか」だけで判定しないことです。行為の成功、生存可能性、対人的な協調、文脈を越えた再利用、構成性といった複数の基準から、記号としての性質を捉える必要があります。

身体的センスメイキングを支える実証研究

こうした理論的な枠組みは、単一の実験ではなく、感覚運動学習・発達研究・対人同期研究・人工エージェント研究といった複数の領域の知見が積み重なることで裏づけられています。

乳児を対象としたモビール連動課題では、足の運動と視覚的な結果が連動する状況に置かれると、乳児が運動の頻度を変化させ、行為と結果の関係を学習・保持することが確認されています。これは、抽象的な内部表象を仮定しなくても、身体運動を通じて環境を「制御可能なもの」として区別する初期の能力があることを示唆しています。ただし、こうした学習の成立だけをもって、エナクティブな意味での「主体的な意味」が証明されたとみなすことには慎重であるべきです。

また、二人の参加者が仮想空間の中で動きながら、接触時の触覚信号のみを頼りに相手を識別するという知覚交差実験も重要な知見を提供しています。静止した物体や、相手の動きを機械的に複製した「影」と比較して、実際に相互応答する相手との接触は、共同で維持される特徴的な運動パターンを生み出す可能性があることが報告されています。こうした結果は、社会的な認知の成立が個体内部の推論だけでなく、相互作用のダイナミクスそのものによって構成されうることを示す有力な証拠だと考えられます。

一方で、これらの知見は「相互作用が認知に寄与しうる」ことを支持するものであっても、語彙や統語、再帰性がどのように生まれるかを直接説明するものではありません。身体的センスメイキングと言語との間には、共同注意、模倣、ターン交替、規範への感受性、文化的な伝達といった複数の中間的な仕組みが存在すると考えられており、この空白をどう埋めるかが理論形式化の中心的な課題となっています。

言語移行を説明する代表的なモデルの系譜

言語への移行を説明しようとする既存の研究には、いくつかの系譜があります。

記号接地の議論では、形式的な記号の意味がどのようにシステム自身の感覚運動能力に接地されるかが問われます。基礎的なカテゴリーを身体的な試行錯誤で獲得したのち、すでに接地された語の組み合わせによって新しいカテゴリーを効率的に学習できる可能性が示されていますが、この立場は接地を個体内のカテゴリー表象とラベルの対応関係に縮約しやすく、意味の相互行為的・規範的な側面を十分に扱えないという課題を抱えています。

発達的・社会語用論的なアプローチでは、子どもが発話をまず具体的な共同注意や意図共有の場面の中で学び、頻度や類推を通じて、項目に依存したパターンから抽象的な構文を形成していく過程が重視されます。語の意味は対象との一対一の対応関係ではなく、他者が何をしようとしているかを理解する実践に埋め込まれていると考えられ、エナクティブ理論との親和性は高い一方、身体と環境の力学を定量的に記述するモデルとしてはまだ限定的です。

自己組織化と言語ゲームの系譜では、複数のエージェントが共同の場面で対象を指示し合い、成功や失敗に応じて語形と意味の対応の重みを更新していくことで、中央の設計者を必要とせずに共有語彙が形成されうることが示されています。ロボットを用いた言語ゲームは身体的なカテゴリー形成と文化的な選択を接続できる可能性を持ちますが、報酬設計や成功判定を研究者が外部から与える場合、内在的な規範性を十分に再現できていない可能性がある点には注意が必要です。

文化進化・反復学習の系譜では、ある参加者が学習・産出した言語を次の参加者が学ぶという伝達の連鎖によって、当初はランダムだった信号体系が、学習しやすく規則的な体系へと変化しうることが示されています。ただし伝達のしやすさだけを最適化すると表現力が損なわれる傾向があるため、構成性の獲得には学習のしやすさとコミュニケーションの必要性という、二つの異なる圧力が同時に働く必要があると考えられています。

これらの系譜はそれぞれ、接地・共同注意・慣習形成・文化伝達・分散表現のいずれかの側面を説明していますが、身体的な価値づけから対人的な規範、そして構成的な言語へと至る一連の流れを連続的に説明するモデルは、いまだ完成していないというのが現状です。

エナクティブな形式化への挑戦

こうした空白を埋めるための形式化の方向性として、身体と神経系、環境、他者を一つの結合系として扱い、語や身振りを相互作用の軌道を選択する制御変数とみなす結合力学系のアプローチ、期待と生存可能性・社会的協調を同時に扱う確率モデル(能動推論的なアプローチ)、記号を身体経験のコピーではなく将来の行為と協調に必要な差異を保存する圧縮コードとみなす情報理論的なアプローチ、複数の身体化エージェントの学習過程から言語の自己組織化を再現しようとするマルチエージェント言語ゲームのアプローチなどが検討されています。

いずれのアプローチも一長一短があり、力学系は相互作用の成立を、確率モデルは不確実性と個体差を、情報理論は圧縮と共有を、エージェントモデルは文化的な伝達を、それぞれ得意とする一方で、単独のモデルだけで言語移行の全体像を説明しきることは難しいと考えられます。そのため、これらを組み合わせた階層的な統合が、現時点で最も妥当な方向性の一つとして位置づけられます。

まとめと今後の展望

身体的センスメイキングから言語への移行は、感覚運動的なカテゴリーに名前が付加されるという一点的な出来事ではなく、①身体と環境の結びつきから安定したスキーマと価値づけが生まれる段階、②複数の主体の相互調整から共有可能な区別が生じる段階、③反復可能な信号が記号体系へと分化する段階という、複数の時間スケールにまたがる転移として捉えることができます。この見方は、記号の成立を「正しく表象できているか」という基準だけで判定するのではなく、行為の成功、生存可能性、対人的な協調、文脈を越えた再利用、構成性という複数の観点から評価する必要性を示しています。

今後の研究では、こうした多段階の移行を単一の実験や単一のモデルで完結させるのではなく、異なる形式化アプローチを同一のデータセット上で比較・検証していくことが重要になると考えられます。

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