Change Laboratoryに「自己変容」を再導入する方法――拡張的学習にアイデンティティ・感情・身体性を統合する分析枠
Change Laboratory(以下CL)は、活動理論と拡張的学習に基づく形成的介入として、学校や職場の実践共同体が自らの矛盾を分析し、新しい活動モデルを設計することを支援してきた。しかし従来のCL研究は「拡張的学習行為」と「変革的エージェンシー」の分析に比重を置き、参加者一人ひとりの自己変容、感情の揺れ、身体的な相互行為は補助的にしか扱われてこなかった。本記事では、CLデータに「アイデンティティ変化」「感情」「身体性」を統合する分析枠の設計、データ別の適用手順、倫理的配慮、妥当性評価までを体系的に解説する。研究方法論の刷新を検討する研究者・実践者に向けた内容である。

Change Laboratoryと拡張的学習の基礎――なぜ自己変容が後景化してきたのか
CLは文化・歴史的活動理論(CHAT)に基づき、参加者がミラー素材や活動システム図などの媒介物を用いて自らの活動の矛盾を分析し、新しい概念と実践を生成するために設計された介入方法である。EngeströmはCLを二重刺激法の応用として位置づけ、セッション全体を記録・逐語化し、系統的に追跡できる介入として構想してきた。
一方、CL研究の主流は、抵抗・批判・可能性の明示・ビジョン化・コミットメント・実行といった変革的エージェンシーの表出と、七つの拡張的学習行為の分析に集中してきた。Haapasaariらは変革的エージェンシーが個人の瞬間的発話を超えて集団的努力の中で時間をかけて生成されることを示し、Augustssonは学習行為の循環がしばしば中断・逸脱することを明らかにした。つまりCL分析は、固定的な円環モデルよりも過程・逸脱・重層性を見る方向へすでに開かれている。その延長線上に、自己変容・感情・身体性の分析を位置づける余地がある。
「自己変容」再導入の理論的根拠――外部理論の持ち込みではない
重要なのは、自己変容の再導入がCLに外部理論を接ぎ木する作業ではなく、CLに潜在していた主題を前景化する作業だという点である。
アイデンティティ理論との接続
SanninoらはCLの長期的効果を追った研究で、参加者が自らの集合的な将来能力を「著者化(authoring)」していく過程を描いた。これは参加者が単に新しい手順を学ぶのではなく、「自分たちは何者で、何になろうとしているか」を作り変えていく過程を示している。AkkermanとMeijerの対話的アイデンティティ論は、単一でありつつ複数的、連続的でありつつ不連続的という自己の揺れを記述する枠組みとして、CLにおける自己・集団定位の分析に適合する。またFunds of Identityの観点からは、ミラー素材や試作モデルを「自己を語り直す媒介」として読み直すことが可能になる。
感情と身体性の分析枠
CHATにおいて感情は、個人の文化的・歴史的発達の中で動機・欲求と結びついて形成される。Hökkäらが定義した「emotional agency」――感情を知覚・理解し、組織実践の中で他者に働きかける力――は、CLで矛盾が主観的危機として現れる局面を捉える主要な信号となる。感情はノイズではなく、変容のエンジンである可能性がある。
身体性についても、WilmesとSiryは言語中心の分析がジェスチャー、視線、モノとの関わりといった身体化された意味形成を見落とすと批判した。ホワイトボード前での指差し、身体の乗り出し、付箋を並べ替える動き、沈黙前後の声の変化は、拡張的学習の「前兆」として分析すべき対象になりうる。
三層統合分析枠の設計――既存分析を捨てずに重ねる
提案する分析枠は、既存のCL分析を保持したまま三つの層を重ねる多層設計である。
第一層:CL基底層
七つの拡張的学習行為と変革的エージェンシーの六類型をコード化する層であり、CL原典との比較可能性を担保する。
第二層:経験層
アイデンティティ・感情・身体性をコード化する層である。この層を加えることで、「同じ批判でも役割防衛としての批判か、未来自己への移行としての批判か」「同じコミットでも解放感を伴うのか、不安と両価性を伴うのか」を区別できるようになる。コードブックには、自己や他者を役割で定位する「位置取り」、役割間の緊張が表出する「境界葛藤」、「私たち」を定義し直す「集合的自己」、新しい力量を構想する「未来自己の著者化」、感情の明示・推定・両価性・感情的働きかけ、ジェスチャー・身体配置・物質媒介・模倣と実演などのカテゴリを設定する。分析単位は5〜30秒程度の相互行為イベント、または逐語録の1〜3ターンの意味単位が目安となる。
第三層:縦断統合層
セッション間の連鎖、フォローアップ・インタビュー、実践化後の資料を接続し、「長い尾」としての変容を追う層である。自己変容はセッション直後だけでなく、実践化の過程で再定義される可能性があるため、この縦断的視点が欠かせない。
データ別の適用手順――マルチモーダル統合ワークフロー
CLデータはセッションの連続が背骨であり、分析は資料別ではなくセッション時系列を軸にしたマルチモーダル統合として設計するのが望ましい。
ビデオデータでは、発話中心の逐語録を作ってから身体情報を足すのではなく、まず非言語資源を前景化した第一次閲覧を行い、その後に話し言葉と結合する。意味の大きい場面は「フォーカル・エピソード」として切り出し、複数の分析者が独立にメモを作成する。音声データでは、沈黙・ためらい・笑い・声量などの注記を逐語録に加え、感情推定は文脈と後続反応との照合を必須とする。フィールドノートは、映像に映らない休憩中の会話や場外の出来事を記録し、事実・解釈・未確定仮説を分けて記す。ワークショップ資料は、最終成果物としての「状態ファイル」と書き換え履歴としての「過程ファイル」に分け、誰がいつどの身体動作とともに使ったかを追う。インタビューは事前・中盤・終了後・数か月後の四点法で設計し、立場や役割理解の変化、感情が動いた場面、転機となった資料や身体的出来事を尋ねる。
国内事例としては、伊藤・山住による成城学園初等学校での全10回のCL実践が、ミラー素材の適切さ、矛盾・対立、水平的関係、学校の歴史性、偶然性が拡張的学習行為の生成に関わると報告しており、これらの条件はいずれも参加者の立場取りや感情的リスク、身体的関係性と結びつく点で、追加分析の意義を裏づけている。
倫理的配慮――身体データと感情データの重み
CLは職場や学校の矛盾・摩擦・失敗を扱うため、倫理的負荷は低くない。顔が鮮明に映る動画や、役職と発話内容の組み合わせは、匿名化しても再同定の危険が高い可能性がある。同意は一括ではなく、介入参加・録音録画・二次分析・発表利用の少なくとも四層に分けることが望ましい。特に身体性分析では、参加者は発話が分析されることは理解していても、姿勢・視線・沈黙・資料操作が分析対象になることは予期しにくいため、説明文書への明記が不可欠である。感情分析では、参加者が不安や無力感を再体験する可能性を踏まえ、途中退席可、録画停止依頼可、セッション後のデブリーフィングなどを研究計画に組み込むべきである。
妥当性評価――不一致を理論的資源として扱う
分析枠の妥当性は、再現性・概念妥当性・プロセス妥当性・実践妥当性の四面から評価する。複数分析者によるコード一致率の確認、追加コードと基底層コードの関係の検討(例:未来自己の著者化がビジョン化局面に集まるか、葛藤と両価性が抵抗の直前に増えるか)、参加者自身が分析を「自分たちの変化を言い当てている」と認めるかの確認が中心となる。重要なのは、分析者間の不一致を単なるエラーではなく、感情とアイデンティティが重なり合う局面を示す理論的資源として扱う姿勢である。また、単一事例からの一般化を急ぐより、複数事例へのパイロット適用を通じて、どのカテゴリが安定しどれが場依存かを見極める「分析可能性の移転」を意識する方がよい。
まとめ――CLデータを「どのように人が変わり始めたか」を示すデータへ
CLへの自己変容の再導入は、原理的に可能であるだけでなく、CLの本来の強みである集団的実践変容の生成過程を、より厚く、より人間的に、より検証可能に記述するための次の一歩である。拡張的学習行為を基底層、変革的エージェンシーを推進層、アイデンティティ変化・感情・身体性を経験層として重ねることで、CLデータは「何が変わったか」だけでなく、「誰が、どの感情を経由し、どの身体的資源を使って、どのように変容へ踏み出したか」を示すデータへと再解釈できる。研究設計にあたっては、段階的なパイロット、層別の同意取得、不一致を活かす妥当性検証を組み合わせることが、実装の鍵となるだろう。
コメント