AI研究

人間とAIの協調学習による記号接地の最新研究動向 (2023-2025)

記号接地(シンボルグラウンディング)とは、言語などの記号(シンボル)と実世界の知覚や概念との結びつきを指します。近年、人間とAIの協調によってこの課題に取り組む研究が活発化しています。本記事では2023年から2025年にかけての最新研究を概観します。

記号接地問題とは:AI研究における根本的課題

記号接地問題は、Harnad (1990) により「記号体系のシンボルや単語を物理世界の感覚運動的基盤へ写像すること」と定義され、純粋に記号同士の関係だけでは意味を獲得できない根本的な問題として提起されました。この問題に対し、近年は人間とAIの協調学習によって解決を図る研究が活発化しています。

人間がループに入る(ヒューマン・イン・ザ・ループ)ことでAIに対し例示やフィードバックを与え、AIが記号の意味を実世界の対象やタスクに結びつけて学習するアプローチが注目されています。例えば人間の子どもが大人との相互作用を通じて言葉の意味を学ぶように、AIエージェントも対話や共同作業を通じて新しい語彙やスキルを獲得できると期待されています。

言語モデルにおける記号接地:対話を通じた意味の獲得

RLHF:人間のフィードバックを活用した言語モデルの調整

大規模言語モデル(LLM)の隆盛により、言語と意味の接地の問題にも新たなアプローチが登場しています。OpenAIのInstructGPTに代表されるように、人間のフィードバックを使って言語モデルを調整する手法(人間のフィードバックによる強化学習; RLHF)が確立しました。

InstructGPTでは、人間がモデル出力をランク付けして報酬モデルを学習し、それによってモデルを微調整することで、従来のGPT-3よりも格段にユーザ意図に沿った応答が可能になりました。このように人間とのインタラクティブなフィードバックループを通じて、言語モデルがユーザの意図や文脈を「理解」し、望ましい出力を学習しています。

対話を通じた新たな知識・語彙の学習

単に出力を調整するだけでなく、対話を通じて新たな知識や語彙を学習することも重要です。近年の研究では、エージェントが対話中にわからない指示があれば人間に明確化質問を行い、人間からの説明や訂正を受けて語彙をその場で学習する能力が重視されています。

2023年のある研究では、エージェントが不明な指示に対して質問し、ドメイン固有の新語を習得できる対話型のタスク指示データセットが提案されました。これによりAIは固定の訓練データにない概念でも、人との対話を通じて柔軟に記号接地できるようになります。

タスク指向対話における記号接地の進展

タスク指向対話における記号接地の研究も進んでいます。従来、LLM単体でタスク対話を行うと方針制御が難しく、新しい状況への適応も苦手でした。2023年のEMNLPでは、LLMと記号的プランナーを組み合わせ、対話内容をコード(関数呼び出し)に変換して実行するシステムが提案されています。

このシステムでは、対話相手(人間)の発話をコードに翻訳し、その実行結果に基づいて次の応答を計画します。例えば共有のボード上の物体について協力して参照するOneCommonタスクでは、この手法によりタスク成功率が従来の56%から69%に向上しました。LLMの柔軟な言語運用能力と、シンボルによる明示的な推論・実行を組み合わせることで、対話エージェントが環境や視覚情報に基づいて共同作業できるようになっています。

視覚情報への記号接地:人間の指示による視覚理解の拡張

対話型セグメンテーションモデルの登場

コンピュータビジョンの分野でも、人間を交えた協調によって視覚情報への記号接地を高める研究が進展しています。Meta社のSegment Anythingに代表されるように、ユーザが画像に対してクリックやテキスト入力で指示を与えることで、任意の物体をセグメンテーションできる汎用モデルが登場しました。

従来の画像認識は固定クラスのラベルで訓練されたモデルが主流でしたが、Segment AnythingやGrounding DINO (2023) のようなモデルではテキストによるプロンプトを用いてロングテールな概念にも対応可能となっています。例えば「赤い花瓶を選択して」といったテキスト入力により、訓練時に見ていないカテゴリの物体でも検出・抽出できるようになりました。

不確実性の検知と人間への問い合わせメカニズム

画像認識システムの不確実性の検知と人間への問い合わせも重要なテーマです。自動運転や医用画像診断など高リスク領域では、AIが自信のない判断を下す際に人間に確認を求める仕組みが求められます。

近年の研究では、モデルが自分の認識結果に確信が持てない場合に人間に追加情報を要求したり、人からの指示で処理フローを切り替えたりする自己認識型のビジョンシステムが提案されています。例えば物体検出モデルにおいて、未知の物体を検知したらユーザにラベルを問い合わせ、その回答を学習に取り込むアクティブラーニング手法が再評価されています。

マルチモーダルモデルによる視覚と言語の接地

大規模マルチモーダルモデルの活用も視覚の記号接地に寄与しています。CLIP (2021) に始まる画像とテキストの埋め込み共有モデルは、インターネット上の巨大な画像キャプションデータから学習し、視覚と言語の汎用的な対応付けを獲得しました。

2023年にはその発展として、画像中のあらゆる領域をテキストで参照できるGrounding DINOや、あらゆる画像マット処理に対応するMatting Anythingが登場し、視覚情報への言語指示の適用範囲が広がっています。2024年のCVPRでは「人間を交えたコンピュータビジョン」というワークショップが組織されるなど、人間の助力を得て視覚認識の精度・汎用性を高める方向性が重要視されています。

ロボティクスにおける記号接地:言語指示から物理行動への変換

大規模言語モデルとロボット制御の融合

ロボットにおける記号接地、すなわち自然言語や高レベル指示をロボットの具体的行動や環境上の対象に結びつける研究も、2023年以降飛躍的に発展しています。近年の大規模言語モデルの発展は、「ロボットが人間の言葉を理解する」問題にも波及し、ロボティクス分野では大型言語モデルを組み込んだエージェントの研究が加速しました。

例えばGoogleが発表したPaLM-E (2023) は、視覚センサから得た連続データをテキストと交互にLLMに入力し、言葉と知覚情報を直接リンクさせるエンボディード言語モデルです。PaLM-Eはロボットのカメラ画像や状態情報を文章中に埋め込んでLLMに与えることで、指示されたタスクに対してシーケンス動作の計画を立てたり、物体の記述やシーン認識を行います。

このような手法により、LLMが持つ汎用知識と言語推論力をロボット制御に活かしつつ、センサから得た現実世界の情報に記号(単語)を接地させることができます。PaLM-Eの最大モデル(5620億パラメータ)はロボット操作への微調整にもかかわらず言語・視覚問答で最先端の精度を示し、スケールアップによる性能向上も確認されています。

模倣学習における対話的・反復的アプローチ

人間からの直接的な教示や評価を用いてロボットが学習するアプローチも引き続き重要です。模倣学習の分野では、従来は人間の実演データを静的に集めて学習することが多かったのに対し、近年は対話的・反復的なデモンストレーションで効率を高める試みがなされています。

例えばRoboCopilot (Wuら, 2025) は、人間操作者と自律ポリシーがシームレスに制御権を交代できるロボットシステムを提案しています。人間が操作中にロボットへ直接お手本を示し、不確かな局面のみ介入して教示することで、双腕ロボットの新しい操作スキルを効率良く学習できることが示されました。

クラウドソーシングによるロボット強化学習

強化学習の領域でも、人間の評価に基づく報酬でロボットに行動を学習させる試みが広がっています。OpenAIによる言語モデルのRLHF成功以降、その手法を実ロボットに応用する研究が各所で見られます。

2023年の研究では、クラウド経由で集めた不特定多数の人間からのフィードバックをロボット学習に活用するGEARというシステムが発表されました。このシステムでは、ロボットが実環境内で自律的に試行しつつ、要所でその行動ログをウェブインタフェースに送信し、遠隔の人間(非専門家)からペア比較によるフィードバックを得ています。

人間が「どちらの行動が目標に近いか」を選ぶ簡易なフィードバックを蓄積し、ロボットの探索方針に反映させることで、明示的な報酬関数を設計せずともロボットが自律的にスキルを向上できることが示されました。このような人間とロボットの非同期協調学習により、従来困難だった長時間の連続学習や報酬設計の問題に突破口を開いています。

社会的対話を通じた記号接地:共同作業による意味の獲得

マルチターン対話における協調的問題解決

人間との社会的な対話や共同作業を通じて記号の意味を学ぶという、人間さながらの学習手法も注目されています。ロボットやエージェントが対話相手として人間と協調しながら知識を獲得する研究は、HRI (Human-Robot Interaction)や対話システムのコミュニティで活発です。

例えばマルチターン対話でタスクを共同完遂するためのデータセット・競技として、NeurIPSで開催されたIGLU (Interactive Grounded Language Understanding) コンペティションがあります。この競技を通じて、Minecraftに似た環境で人間とエージェントが対話しながら目標物を作成するタスクが研究され、2024年にはIDATという対話データセットと評価基盤が公開されました。

IDATは約9,000発話と1,000件以上の明確化質問からなるマルチモーダル対話データを含み、エージェントが対話中に「これで合っているか?」と人間に確認したり、人間が途中でヒントを出したりする協調的な問題解決の様子が蓄積されています。このようなリソースにより、エージェントが対話を通じて逐次的に環境理解を深め、記号と環境状態を結びつける研究が加速しています。

対話フィードバックを通じた誤解の修正と知識獲得

対話を通じた学習では、エージェントの誤解に対する人間のフィードバックを活用する方向も重要です。2024年の研究では、ヒューマノイドロボットにLLMを組み込んだ対話システムを構築し、ロボットがユーザの指示を誤解した場合にはユーザが訂正指示を与え、それをロボットが記憶して次回から誤りを避ける逐次学習手法が提案されました。

このシステムでは、LLMがユーザの命令に基づきロボットの動作計画用コードを生成し実行しますが、結果がおかしい時にはユーザが改善点を指示します。するとLLMは別のLLM(自己改善用エージェント)を呼び出してコードを修正し、成功した対話例としてロボットのメモリに蓄積します。こうしてロボットは対話経験を通じて学習し、次に類似の要求を受けた際には過去の改善済みプランを再利用できるようになります。

共同注意と相互理解の確立

社会的対話による接地では、相互理解の形成や共同注意の確立といったテーマも研究されています。例えば、人とロボットが同じ物体を指差ししながら名前を教え合うようなシナリオでは、視線やジェスチャーなどマルチモーダルな手がかりを共有することで、言葉と対象の接地が効果的に行えることが報告されています。

また、人間同士の対話で培われたグラウンディング理論(Clarkの理論)をロボット対話に応用し、ロボットが自分の発話に対する人間の応答をモニタして理解度を推定する対話マネージャも提案されています。これらのアプローチは社会的文脈の中でAIが徐々に記号と意味の対応を学ぶことを目指しており、単発の指示実行では得られない深いセマンティックグラウンディングを可能にします。

記号接地の総合的アプローチ:身体性・時間性・社会性の統合

2024年に提唱された「LLMのエンボディメントと社会的接地に関するロードマップ」では、人間の知能にヒントを得て次の3つの要素が重要と指摘されています。

  1. 身体性:能動的な身体を持ち環境と相互作用すること
  2. 時間的経験:自己の連続した体験を通じてコヒーレントな世界理解を形成すること
  3. 社会性:他者との社会的相互作用から共通の基盤となる経験を共有・獲得すること

つまり、単に言語モデルに視覚やロボットのモジュールを繋げただけでは真の意味理解には不十分で、身体を持ち時間をかけて環境に関与し、さらに人間社会の中で学ぶことが記号接地の完成形に向けて必要だと論じられています。この方向性は今後の人間–AI協調学習の重要な指針となっており、研究者コミュニティでも共有されつつあります。

まとめ:人間とAIの協調がもたらす記号接地の未来

人間とAIの協調学習による記号接地は、汎用人工知能の実現や信頼できるAIシステムの構築に向けた重要なステップです。2023〜2025年の最新研究では、巨大モデルの能力と人間の知恵を組み合わせることで、お互いの弱点を補完し合うハイブリッドインテリジェンスの姿が見え始めています。

言語、視覚、ロボティクス、対話といった各モダリティで培われた手法は徐々に統合されつつあり、将来的には身体性と社会性を備えたAIエージェントが人間と共同生活・共同作業することも視野に入ってきました。もっとも、真の意味で記号が接地されたAIを実現するには、依然として多くの課題が残されています。

人間のように世界を理解するAIを作るには何が必要か——その答えを求め、研究コミュニティは今後も人間との協調的な学習というアプローチで挑戦を続けていくでしょう。

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