社会技術システムを分析するとき、アクター・ネットワーク理論(ANT)とニクラス・ルーマンの社会システム理論は、しばしば別々の陣営として扱われてきた。ANTは人間と非人間の連関形成を追う力に優れ、ルーマン理論はコミュニケーションの自己再生産と機能分化を説明する力に優れる。しかし両者を単純に足し合わせようとすると、存在論的な前提の違いにつまずきやすい。本稿では、この二つの理論を「単一の存在論に統合する」のではなく「異なる分析レジスターとして接続する」という発想にもとづく、翻訳的オートポイエーシス枠組みを紹介する。医療情報システム、スマートシティ、スマートグリッドという三つの事例を通じて、この枠組みがどのように機能するかを見ていく。

ANTとルーマン理論、なぜ「接続」が必要なのか
ANTは、Bruno Latourが提示したように「社会を所与の説明変数とみなす社会学」ではなく、「連関そのものを追跡する社会学」として理解される。人間・非人間・記号・制度が結びつき、安定化していく過程そのものが分析対象になる。これに対しルーマン理論は、社会システムの要素を人間ではなくコミュニケーションに置き、コミュニケーションが情報・発話・理解の三契機からなる選択の総合として成立すると捉える。
この違いは軽微なものではない。近年の比較研究も、ANTは社会の差異化や意味形成の語彙が弱く、逆にルーマン理論はコミュニケーションを可能にする社会技術的配置を十分に記述しにくいと整理している。つまり、どちらか一方だけでは、社会技術システムの「装置レベルの編成」と「意味・制度レベルの分化」の両方を同時に見ることが難しい。だからこそ、両者を排他的に選ぶのではなく、接続する枠組みが求められる。
両理論の緊張関係を整理する
両理論の間には明確な緊張がある。ANTでは非人間アクターもエージェンシーを持つとされるが、ルーマン理論では人間や物質は社会システムの要素ではなく環境に位置づけられる。この違いは、単純な優劣の問題ではなく、分析の焦点の違いに由来する。ANTのアクターはそのままルーマンのコミュニケーションに置き換えられないし、ルーマンのオートポイエーシスもそのままANTのネットワーク安定化に一致しないという点は、統合を考えるうえでの出発点になる。
比較研究の蓄積もこの緊張を補完可能性として読み替えてきた。Noe と Alrøe は、ANTが異種混交的な組織を記述するのに有効であり、Luhmannが自己組織化と境界形成を説明するのに有効だとして、両者を共通の存在論的プラットフォームとして結びうると論じている。またFarías は、ANT に意味形成の語彙を補うにはLuhmannのコミュニケーション理論が有効だと主張している。こうした先行研究の積み重ねが、翻訳的オートポイエーシス枠組みの理論的な土台になっている。
翻訳的オートポイエーシス枠組みの三層構造
この枠組みは、社会技術システムを三つの層で捉える。
異種混交ネットワーク層
まず第一の層では、人間と非人間が翻訳を通じて結びつく。ここでの「翻訳」は、Michel Callonが定式化した問題化・関心づけ・登録・動員という四契機から成る過程として理解できる。センサー、API、書類、認証システムなどの非人間アクターは、この層で異種要素を結びつける媒介として働く。
コミュニケーション作動層
第二の層では、情報・発話・理解の選択が自己言及的に反復され、境界が形成される。重要なのは、非人間アクターをルーマンの意味での「社会の要素」にするのではなく、コミュニケーションの選択可能性を偏らせる媒介アクター、つまり構造的カップリングを担うインターフェイスとして位置づける点である。これにより、装置や規格が持つ役割を、存在論を崩さずに理論へ組み込むことができる。
機能分化層
第三の層では、コミュニケーションが法、政治、経済、科学、医療などの異なる参照問題へ振り分けられる。同じ一つの技術的連関が、法的コミュニケーションとしても、経済的コミュニケーションとしても、あるいは医療コミュニケーションとしても再記述されうる、という点がこの層の核心である。
三層を貫く論理は単純である。翻訳は素材を集め、コミュニケーションは秩序を再生産し、機能分化は秩序に方向を与える。 ブラックボックス化――かつて争点だった連関が前提として利用される状態――は、この三層をつなぐ節点として位置づけられる。
三つの事例に見る説明力
この枠組みの実用性を確認するために、三つの社会技術システムへ適用してみる。
エストニアの医療情報システム
エストニアでは、2008年以降、全国規模の医療情報システムが医療提供者を接続し、共通記録を患者ポータルから閲覧可能にしているとされる。ANTの視点では、患者、医師、ポータル、電子ID、ブロックチェーン技術などがどのように登録・動員されたかが見える。一方でルーマン理論の視点では、医療・法・行政・プライバシーに関わるコミュニケーションが、どの境界で切り分けられ、再帰的に再生産されるかが見えてくる。統合すれば、ポータルという装置の安定化と、診療・記録・監査というコミュニケーションの持続が、同じ図式のなかで説明できるようになる。
バルセロナのスマートシティ戦略
バルセロナでは、City OSがデータソースとソリューションの間の分離層として位置づけられ、オープンデータや技術主権、市民参加が重視されている。ANT単独では、センサーやAPI、調達文書、行政部局の連関の編成に強みがある。ルーマン理論単独では、政治的正統性や市民参加、データ倫理といった機能分化した参照問題を捉えやすい。両者を接続すると、City OSという装置が、政治・法・経済・市民参加という複数のコミュニケーション回路を横断的に接続する構造的カップリングとして機能している様子が見えてくる。
プドゥシェリのスマートグリッド実証
インド・プドゥシェリでは、スマートメーターや遠隔検針、需要応答などの機能を備えたスマートグリッドの実証で、計量効率の向上が確認されたとされる。ANTの視点は、スマートメーターや通信網、規制者、料金設計といった連関の追跡に強い。ルーマン理論の視点は、電力供給が価格・規制・信頼性という複数のコミュニケーションが交差する機能分化的な問題として立ち現れることを捉える。統合モデルでは、スマートメーターが生成するデータが、課金・監視・規制・投資判断というコミュニケーションを再帰的に増幅させる過程を、翻訳とオートポイエーシスの接続として説明できる。
三事例に共通するのは、装置やプラットフォームが安定化しても、それだけではシステムが存続しない可能性がある、という点である。診療記録や市民参加、料金設計をめぐるコミュニケーションが反復されなければ、装置は次第に使われなくなっていく。
検証:理論的一貫性・説明力・実用性
この枠組みを評価する基準として、理論的一貫性、説明力、実用性の三つが考えられる。理論的一貫性については、非人間を媒介アクターとして位置づけることで、ルーマンの作動的閉鎖とANTの対称性を両立できる可能性がある。ただしこれは存在論的な一致というより、分析上の二重記述にとどめておくべきだろう。説明力については、三事例とも、装置レベルの編成と機能分化レベルの再帰性を同時に記述できたことから、比較的高いと判断できる。実用性については、アクターのマッピング、義務的通過点の特定、コミュニケーション連鎖の追跡、機能システム別の再記述という手順に落とし込める可能性があり、中程度から高い水準にあると考えられる。
まとめ
ANTとルーマンの社会システム理論は、それぞれ異なる強みと弱みを持つ。ANTは異種混交的な連関の生成と安定化を鋭く描く一方、意味形成や機能分化の語彙は薄い。ルーマン理論は自己言及と機能分化の分析に優れる一方、装置やインターフェイスの具体性を捉えにくい。本稿で紹介した翻訳的オートポイエーシス枠組みは、この二つを「翻訳は素材を集め、コミュニケーションは秩序を再生産し、機能分化は秩序に方向を与える」という三層構造でつなぐ試みである。医療情報システム、スマートシティ、スマートグリッドという三事例は、この枠組みが装置の安定化と機能分化の分化を同時に扱える可能性を示している。
次に掘り下げるべき研究テーマとしては、この枠組みを実際のフィールド調査でどう運用するか、また非人間アクターの役割づけをめぐる理論的な精緻化が挙げられる。理論統合そのものを終着点とするのではなく、経験研究のための出発点として活用していくことが今後の課題になるだろう。
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