AI研究

人間・AI・環境の三者協調モデル:拡張認知がもたらす知能のパラダイムシフト

はじめに:知能を再定義する三者協調の視点

従来、知能とは個人の脳内に閉じたプロセスとして理解されてきました。しかし現代の認知科学では、人間の知性が身体・道具・環境との相互作用を通じて発現するという視点が主流になりつつあります。特に4E認知科学(Embodied, Embedded, Extended, Enactive cognition)の潮流は、知能を環境との動的な関係性の中で捉え直す試みとして注目されています。

こうした理論的背景のもと、本記事では人間・AI・環境の三者協調モデルに焦点を当てます。このモデルは、人間とAI技術、そして物理的・社会的環境が一体となって知的システムを形成するという考え方です。拡張認知の理論から都市インフラへの応用、倫理的課題、インタラクション設計まで、多角的な視点から三者協調の可能性を探ります。


環境的エンボディメントによる認知の拡張

延長された心(Extended Mind)の理論

人間の認知は脳内だけで完結するものではありません。ClarkとChalmersが1998年に提唱した延長された心理論は、ノートや計算機といった外部リソースが認知プロセスの一部として機能しうることを示しました。彼らはこれを認知的オフローディングと呼び、脳内処理の一部を環境に「委譲」する現象として位置付けています。

具体例として、紙とペンでの筆算や航海用計算尺の使用が挙げられます。これらは単なる補助ツールではなく、認知システムそのものの一部として働いているのです。KirshとMaglioによるテトリス研究では、プレイヤーがブロックを物理的に回転させる行為が、頭の中で想像するよりも高速かつ正確であることが示されました。この「エピステミック行為」は、世界の状態を変化させて認知過程を助けるものであり、外部への働きかけも含めて認知システム全体と見做すべきだという主張の根拠となっています。

アフォーダンスと環境の認知的役割

Gibsonのアフォーダンス理論は、環境が主体に「行為の可能性」を提供する相補的関係にあることを示します。環境は単なる背景ではなく、知覚と行為を刺激する装置として機能し、身体を通じた体験と状況依存的な知識構築を生み出すのです。

自然環境が注意を喚起し認知負荷を軽減するとともに、子供の空間認知や身体スキーマの発達を促す「学習装置」として働くという研究報告もあります。このように環境自体が「認知テクノロジー」として作用しうるという指摘は、人間の認知が生態学的文脈に組み込まれて拡張されることを意味します。

AIを組み込んだ拡張認知システム

Andy Clarkは2025年の論文で、生成AIなどの新技術を含め「私たちは生まれながらのサイボーグであり、古来より外部リソースと一体化したハイブリッドな思考システムを構築してきた」と述べています。この認識に立てば、AIや環境と協調する拡張認知こそが人間本来の姿であり、三者協調モデルは自然な発想といえるでしょう。

人間–AI–環境の三者協調モデルでは、環境が認知の一部となることが理論的基盤となります。AIもまた人間にとっての外部認知リソースとして機能するため、AIを組み込んだ認知システム全体を考える必要があるのです。


スマートシティ・IoTインフラへの応用可能性

都市を分散認知システムとして捉える

環境と認知の協調という視点は、都市という大規模環境にも応用可能です。スマートシティやIoTインフラによってセンサやAIが張り巡らされた都市環境は、一種の拡張認知システムとして機能し得ます。

Candeloroら(2024)は、都市を「分散した社会-認知アーキテクチャ」と見立て、拡張認知の理論を都市計画に取り入れることを提唱しています。彼らは認知科学における拡張マインドの理論発展を三つの「波」として整理しました。

第一の波は機能主義的な延長マインドで、市民参加型のデザインによって人間の分散知を計画に活かす段階です。第二の波は社会的外在主義にもとづき都市を認知システムとして協調的に構築する段階、第三の波は急進的エナクティヴィズムにより個人の認知を環境との関係性の中に溶解させ、場所固有のアフォーダンスを最大化する段階とされています。

認知都市(Cognitive City)の実現

都市計画に拡張認知の視座を取り入れると、単にテクノロジーを配置するスマートシティから一歩進み、人間と環境とAIが協調進化する都市を設計できます。参加型都市計画では市民の知恵(分散した認知資源)を集約し、都市という「知的環境」を構築します。

さらにIoTセンサネットワークやAIが都市中の情報を収集・分析することで、都市自体が学習し適応するシステムとなりえます。人間(市民)の活動データやフィードバックがAIによる都市制御に反映され、人間-AI-環境のサイクルが成立するのです。

IoTインフラによって環境がセンサリデータを発信しAIがリアルタイム解析、それを人間が意思決定に活かす――こうした循環型の知的都市インフラは、まさに人間・AI・環境の協調モデルの具体例といえるでしょう。


倫理的関係性の再構築

エコロジカルな転回とニッチパートナーとしてのAI

人間・AI・環境の三者が深く相互依存するようになると、倫理的な関係性の再考が不可欠です。AI倫理の分野では近年、技術と人間だけでなく環境との関係まで包含したエコロジカルな転回が唱えられつつあります。

Kwok(2025)は「AIを単なる道具ではなく、人間のニッチ(生態的地位)のパートナーとして位置付けるべきだ」と提言しています。レコメンデーションアルゴリズムが私たちの注意資源の配分を変えたり、自動翻訳が異文化コミュニケーションのニュアンスに影響を与えたりするように、AIは我々の生きる「環境」そのものを長期的かつ潜在的に変容させているのです。

責任の所在と共有

高度なAIが意思決定に関与し環境に作用を及ぼす場合、人間(設計者・利用者)とAI、そして環境への影響との間に新たな責任の構造が生まれます。たとえば、自律エージェントが都市のエネルギー管理を最適化する中で予期せぬ環境負荷を生んだ場合、その責任は誰が負うのでしょうか。

AIには法的人格がない以上、結局は人間組織が責任を負うにせよ、人間–AI協働で環境に働きかける時代には、責任も協働的・分散的なモデルが必要との指摘があります。UNESCOの『AI倫理に関する勧告』(2021年)は、人権尊重や公平性と並んで**「環境および生態系の繁栄」**をAI倫理の中核価値に掲げています。

エコロジカルフットプリントへの配慮

環境との相互依存性から生じる倫理課題として、AI技術のエネルギー消費や気候影響も無視できません。大規模モデルの学習には膨大な電力と炭素排出が伴うため、AIのエコロジカルフットプリントをどう評価・削減するかが問われています。

三者協調モデルの倫理では、人間とAIが共に環境の一部として「ともに繁栄する」ことを目指し、相互の依存関係に見合った責任と権利の再設計が課題となるのです。


ヒューマン・エージェント・インタラクション設計

フィードバックループの重要性

ヒューマン・エージェント・インタラクション(HAI)の設計においては、人間とAIエージェントが絶えず相互に影響を与え合うフィードバックループを意識することが肝要です。単方向的にAIが出力を与えるだけでなく、人間からの評価・修正・学習信号がAIに取り込まれ、再びAIの挙動が人間にフィードバックされるという双方向の循環が望ましい設計原則となります。

対話型エージェントの設計では、一定の対話ごとにユーザに理解度を確認したり要求を明確化したりするプロンプトを入れ、誤解を解消しながら進行するインタラクションが推奨されています。このように逐次的な確認と適応を組み込むことで、エージェントはユーザの意図をより正確に把握できるようになります。

ヒューマン・イン・ザ・ループの実践

人間中心AIの考え方では、システムが完全自律ではなく人間の判断を要所で仰ぐ「ヒューマン・イン・ザ・ループ」が重視されます。強化学習における人間からの報酬フィードバックや、機械学習モデルの出力に対する人間のリアルタイム修正は、その典型例です。

こうした手法は対話的強化学習や説明可能AI(XAI)の領域で研究が進んでおり、人間のフィードバックを通じてAIの振る舞いを安全で望ましい方向に制御する枠組みを提供します。

エンゲージメント適応型エージェント

Oertelら(2020)の包括的レビューによれば、エージェントは人間の**エンゲージメント(関与度)**をモニタし、それに応じて振る舞いを適応させることが求められます。エージェントがユーザの表情・視線・応答速度などから興味や注意の度合いを推定し、それに合わせて対話のペースや表現を変えるといった戦略が考えられます。

フィードバックループを重視したHAI設計は、結果としてユーザのAIに対する安心感・信頼感を高め、誤使用や期待外れの振る舞いを減らす効果も期待できるでしょう。


センサリモーターループによるインタラクティブ認知

感覚運動ループの基本原理

認知を環境との相互作用として捉えるアプローチでは、**センサリモーターループ(感覚運動ループ)**の概念が中心的役割を果たします。これは、知覚(センシング)と行為(アクション)が一体のフィードバック回路として循環するという考え方です。

エンボディッドAIの研究では、エージェントの認知は単に内部計算するのでなく、身体を通じ環境と動的に相互作用するプロセスだと捉えられます。環境からのフィードバックが身体を介して脳に与えられ、脳が新たな行動を生成して環境に作用する――この閉じたループこそが適応的で賢い行動の源泉なのです。

センサモータ理論と知覚の成立

O’ReganとNoëのセンサモータ理論では、「知覚意識とはセンサリモータ(感覚-運動)的な能力を行使することによって構成される」とされます。たとえば「赤を見る」という経験のクオリアは、赤い対象に対してなされる一連の目と手の動きや、光の変化に応じた感覚変化のパターンによって決まるというのです。

この理論では、環境における行為パターンの**習熟(マスタリー)**こそが知覚を成り立たせ、頭の中で表象を構築することなしに世界を知覚できると説明されます。「知覚する」とは「適切に行為できる」ことだという大胆な主張です。

ロボティクスへの応用と形態計算

センサリモーターループはロボティクスや認知アーキテクチャにも応用されています。近年のロボット研究では、身体の物理特性と環境との相互作用(いわゆる形態計算)を巧みに利用し、制御の負担を減らしつつ高度な適応行動を実現する例が増えています。

受動歩行ロボットは脚の形状と重力という環境要因を利用して最小限の制御で安定歩行を実現しますし、把持ロボットでは指先の弾性を利用して対象物に合わせて形状を自動適応させています。これらはいずれも、身体・環境間のループを設計に取り込むことで、結果的に知的で効率的な振る舞いを引き出した例といえます。


延長された心理論との理論的接続

アクティブ外在主義の視点

三者協調モデルの理論的土台には、エクステンデッド・マインド(拡張された心)理論が深く関わっています。Extended Mind理論は、認知システムの境界を脳内に限定せず身体や道具・環境まで広げて捉える考え方です。

ClarkとChalmersが提案するアクティブ外在主義では、人間が環境中の道具と二方向の相互作用(双方向のループ)を形成し、一種の結合システムとして機能するなら、その道具も含めて一つの認知システムと見做せるとします。

人間+AI+環境=拡張された認知システム

この理論を人間・AI・環境モデルに接続すれば、人間+AI+環境=拡張された認知システムという図式が描けます。人間の思考はAIツール(検索エンジンやナビアプリ、対話AI)を組み込んで拡張され、AIの出力は再び人間の意思決定や環境変化に組み込まれていきます。

Clarkは「私たちは常にハイブリッドな思考体系を構築してきた」と述べ、過去に文字や書物、計算機がそうであったように、現代では生成AIなどの高度なシステムも認知の一部になりつつあるとしています。

分散認知とエナクティブな拡張

GallagherやHuttoらは相互行為主義の立場から、認知は社会的相互作用や文化的実践にも分散していると主張し、分散認知の視点を強調しています。より急進的な立場では、個人という単位さえ溶解し関係性そのものが心を構成すると見るエナクティブ(作用的)な拡張も論じられています。

三者協調モデルは、こうした拡張マインド諸論の潮流を実装する具体的コンテクストともいえ、人間の認知がAIと環境に埋め込まれた複合システムの中でこそ十全に機能するというビジョンを提示します。


まとめ:知能のエコシステムとしての三者協調

本記事では、環境的エンボディメントによる認知拡張から、都市的スケールへの応用可能性、倫理的関係性、HAIデザイン上のフィードバックループ、延長された心の理論、そしてセンサリモーターループの観点まで、人間・AI・環境の三者協調モデルに関連する理論と論点を概観しました。

これらの知見が示すのは、知能をめぐるパラダイムシフトです。知能とは個々の存在に内在するものではなく、関係性の中に現れる現象だという見方が共有されています。人間の認知は道具や他者・環境に開かれ拡張され、AIの知性もまた人間や物理世界との相互作用抜きには十全に語れません。まさに知能は「脳—身体—環境—技術」が織りなすエコシステム的なプロセスなのです。

三者協調モデルは、このエコシステムとしての知能を具体的に解明し、設計し、実践するための枠組みといえます。哲学的には人間観・心の在り方の再定義を迫り、認知科学的には4Eアプローチを統合し、HCI/HAI的には新たなインタラクション設計論を要求し、倫理的には人間と非人間(AI・環境)の新たな関係性を模索する学際的挑戦領域です。

今後の研究においては、実世界での実証的なケーススタディ(スマートシティにおける人–AI協働の分析や、教育現場でのAIチュータと学習者・環境の相互作用など)を通じて、このモデルの有効性と課題を明らかにしていく必要があるでしょう。また、倫理面ではステークホルダー全員(人間だけでなく環境や将来世代を含む)が恩恵を享受できる責任ある協調のガバナンス枠組みを構築することが不可欠です。

人間とAIと環境が共に創発し共に発展する未来――三者協調モデルは、その道筋を示す野心的なビジョンなのです。

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