人間の意思決定は本当に合理的なのでしょうか。古典的な経済学や心理学では、人々の判断が期待効用理論やプロスペクト理論から逸脱することを「非合理的なバイアス」として扱ってきました。しかし近年、量子力学の数理的枠組みを応用した「量子的意思決定モデル」が登場し、これまで説明困難だった現象に統一的な説明を与えようとしています。本記事では、量子的意思決定モデルの基本構造、古典モデルとの違い、そして人間の合理性概念への影響について詳しく解説します。

量子的意思決定モデルの基本概念
古典的モデルとの根本的な違い
古典的な意思決定モデルは、コルモゴロフ確率論に基づいて構築されています。サヴェージの期待効用理論やカーネマン=トヴェルスキーのプロスペクト理論では、選好や確率は単一の静的なサンプル空間上で定義され、選好の推移性や独立性公理といった合理性の要請が組み込まれています。これらのモデルでは、人々の選好は文脈に依存せず一貫して存在すると仮定されており、選択行動はその選好を開示するものとみなされます。
一方、量子的意思決定モデルでは、人間の判断や選択をヒルベルト空間上の状態ベクトルと射影測定で表現します。この枠組みでは、意思決定主体の心理状態は各選択肢に対する重ね合わせ状態で表され、意思決定という行為(測定)によって状態が一つの結果に収束すると捉えます。つまり、選好は測定の瞬間に構成されるものであり、あらかじめ固定された序列として存在するわけではありません。
この違いは、質問や選択肢の提示順序への依存性にも現れます。古典モデルでは、質問順序によらず結果は同じであるべきですが、量子モデルでは測定の非可換性により、質問順序や文脈で結果が変化しうることが自然に説明できます。各測定によって心的状態が変化するため、オーダー効果や文脈依存性が理論の内部から生じるのです。
ヒルベルト空間と量子確率の役割
量子的意思決定モデルの数学的基盤は、量子力学で用いられるヒルベルト空間とボルンの規則(量子確率)です。人間の心理状態は、このヒルベルト空間における状態ベクトルとして表現され、各選択肢に対する確率はボルン則によって計算されます。この確率計算では、古典確率の全確率の法則に対する違反が許容される点が重要です。
具体的には、量子干渉項の存在により、ある事象の確率が単純に部分事象の確率の和に分解されない場合があります。これによって、合接の誤謬(リンダ問題など)や選好の逆転といった、古典的には不合理とされた現象を一貫的に説明できるようになります。ジェローム・ビュズミヤーらの量子認知モデルや、ディディエ・ソルネット&ヴャチェスラフ・ユカロフらの量子意思決定理論(QDT)は、このような干渉効果を明示的にモデル化しています。
また、量子モデルでは事象ごとに異なる射影があり、同時に確定しない不確定性が許容されます。これは古典モデルが全ての事象を単一のサンプル空間上で同時に定義できることとは対照的です。この特性により、人間が「同時には考えられない問い」に直面したときの判断パターンを自然に記述できるのです。
人間の判断における一貫性の破れをどう説明するか
選好の非推移性と選好の逆転
古典的合理性では選好の推移性(A≻BかつB≻CならばA≻C)が前提とされますが、現実の意思決定では非推移的選好が観察されることがあります。量子的モデルでは、一連の選択行為を逐次的な測定とみなすため、各選択の度に心理状態が変化し得ます。一度目の測定(A対Bの選択)が次の測定(B対C)の状態に影響を与え、さらにその後の測定(A対C)に影響を与えるため、全体として推移律が成り立たなくなる可能性があるのです。
ユカロフとソルネットの量子意思決定理論では、選択肢に対する魅力度(utility)と干渉項(attraction factor)を足し合わせて意思決定確率を計算する枠組みを導入しています。このモデルでは、文脈や提示方法によって干渉項が符号を変えうるため、古典的期待効用では一定だった選好順序が文脈依存で逆転しうることを示しています。選好の逆転現象について、QDTモデルはエンタングルメントや干渉効果を用いて「主観的な引力項」が選好をシフトさせることで自然に説明できると報告されています。
このように量子的モデルでは、選好は固定の序列ではなく測定ごとに動的に生成されるため、推移性の公理的要請から外れた選好パターンも理論内で矛盾なく扱うことができます。これは、人間の意思決定が状況に応じて柔軟に適応する性質を持つことを示唆しています。
コンテクスチュアリティと質問順序効果
量子モデルにおけるコンテクスチュアリティとは、ある判断や選択の結果が他の同時または直前の質問・判断(文脈)に依存して変化する性質を指します。古典確率論では、全ての質問に対する主観確率を単一の確率空間で同時に定義できることが前提ですが、量子論では特定のペアの質問が同時には鋭く定義できない場合があります。
人間の判断にも同様に、「同時には考えられない問い」が存在し、ある質問に答えた後では別の質問の意味や判断が変容することが知られています。量子モデルはこの現象を、測定作用素の非可換性(順序に依存して測定結果が変わること)として定式化します。例えば、アンケートで質問Aと質問Bの順序を入れ替えると回答分布が変わる順序効果は、量子モデルではAとBに対応する射影測定が非可換である([A, B] ≠ 0)ことの結果として説明できます。
実際、ワンらの研究では量子モデルに基づくQQ平等原理(Question Order Effects Equality)によって、全米の70件に及ぶ世論調査データの文脈効果が高精度に予測・再現されており、これは人間の判断に量子的なコンテクスチュアリティが存在する独立証拠とされています。また、トヴェルスキー&シャフィーの有名なディスジャンクション効果(未知の場合に行動を留保する傾向)は古典的確率のサーティンプリンシプルに反しますが、量子モデルでは全確率の法則の破れとして理解できます。
すなわち「不確実な場合の心理状態」は、「各状況が確定した場合」の心理状態の混合ではなく、両可能性が重ね合わさった独特の状態となり、意思決定時に干渉効果で非直和的な確率が生じるためです。こうした量子モデルの説明力により、合接事象の誤謬や質問順序バイアスなど、従来「文脈依存の特殊現象」とされてきた事柄が単一の理論的枠組みで整合的に説明できるようになりました。
量子モデルが示唆する新たな合理性の概念
量子的合理性とは何か
量子的意思決定モデルの登場は、人間の合理性概念に対して根本的な再考を促しています。古典的理論では、合理的意思決定とは期待効用最大化や確率的一貫性など定められた公理を満たすことと定義され、これに反する人間の挙動は非合理的エラーやバイアスと見なされてきました。しかし量子モデルは、これら「逸脱」が実は人間にとっての別の合理的規範に従っている可能性を示唆します。
ポトス&ビュズミヤーらは、「量子確率論も一種の合理的推論体系である」ことを理論的・実証的に示しています。彼らの研究では、まず量子確率論(QPT)がオランダ書基準(矛盾のない賭けの集合を設定できること)を満たすことを証明し、これはQPTが自己矛盾なく賭けの一貫性を維持できることを意味します。しかもその際、各文脈ごとに独立した古典確率空間を導入する拡張CPTとQPTが等価になることを示し、「文脈が変われば確率空間自体を切り替える」という人間の推論を、量子モデルでは一つの統一的枠組みで扱えると指摘しました。
次に、実験的にもリンダ問題における合接の誤謬(古典的には非合理とされた判断)が、実は被験者自身の内部表現に照らせば合理的(量子的文脈では矛盾しない)であることを示しています。つまり、人々は「リンダが銀行員か?」との質問の意味を文脈次第で変化させており(フェミニストという情報文脈では”銀行員”の意味合いが狭まる)、それゆえ各文脈内では整合的な確率判断をしているというのです。
以上を踏まえ彼らは、「文脈依存性を許容するには、文脈ごとに別々の古典確率空間で推論するか、量子確率の原理で推論するかの二通りがある」と結論づけています。後者の立場に立てば、人間の推論は古典規範から見れば外見的に非合理でも、量子規範に即して「量子的に合理的」だとみなせるのです。
古典的バイアスの再解釈
このような視点からは、従来「バイアス」や「誤り」とされてきた現象(合接の誤謬、確率加法則の違反、選好の非推移性など)は、人間が文脈に適応して合理的に推論した結果だと捉え直せます。事実、量子モデルの支持者は「古典確率論は量子確率論の可換な特殊ケースに過ぎない」と主張することもあり、意思決定における合理性の枠組みをより包括的なものへ拡張すべきだと論じています。
これにより、限定合理性(bounded rationality)の概念も再解釈が迫られます。人間が古典的合理性から外れるのは認知資源の制約ゆえという従来説明に対し、量子的視点では「有限な心的リソース下で最善を尽くす推論体系が実は量子的確率原理に沿っている可能性」が示唆されるのです。
もっとも、「量子的合理性」を採用することの妥当性については議論もあります。一部研究者は、人間のバイアスの多くは単にノイズや主観的確率のゆらぎによって説明可能であり、量子モデルという新規枠組みを持ち出す必要はないと反論しています。このような議論は合理性の再定義そのものの是非に関わっており、量子モデルの支持者と批判者の間で活発な討論が続いています。
観察者効果と主観・客観の境界問題
測定による心理状態の変化
量子モデルがもたらすもう一つの重要な含意は、意思決定における観察者(質問者や判断行為そのもの)の役割についてです。量子力学では、観測行為が観測対象の状態を変化させる観察者効果や、観測前には粒子の属性が決定していない主観-客観の曖昧な境界が特徴です。量子的意思決定モデルでも同様に、質問や選択肢を提示する行為そのものが、意思決定主体の心理状態を変えてしまうことがモデルに組み込まれています。
具体的には、量子モデルでは人の判断や好みは観測(質問や選択)の文脈に依存して初めて定まると考えます。Lambert-Mogilianskyらによるタイプ不確定性モデルでは、「意思決定者の選好は行動の瞬間になって初めて実現し、それ以前は潜在的な複数のタイプの重ね合わせとして存在する」と提案されています。このモデルでは、観測(選択行動)によって心理状態がコラプスし一つの選好が表面化しますが、それは観測前から客観的に定まっていたものではなく観測行為によって構成されたものだとします。
身近な例で言えば、誰かに「○○についてどう思いますか?」と尋ねること自体が、その人の心に測定作用を及ぼし、答えを生成する過程の一部になっています。ビュズミヤーとブルーザは「人の曖昧で不確定な心理状態は波(重ね合わせ)として経験され、決断が下って確定した心理状態は粒子として経験される」と述べています。質問に答えるという行為は人を「波から粒子へ、不確定から確定へと状態遷移させる」のであり、例えば「実はそれまで意識していなかった感情も、『あなたは緊張してる?』と聞かれることで初めて明確に自覚される」といった事態が起こりうるのです。
意思決定における主観と客観の融合
こうした見解に立つと、主観(意思決定者の内的状態)と客観(外部から観察できる選好)の境界は従来より曖昧になります。つまり、意思決定者が本来持っている客観的な「真の選好」というものは存在せず、選好は常に主観的コンテクストに絡み合った状態(主観-客観のエンタングルメント)でしか捉えられないのです。
さらに量子的文脈では、判断の非可換性すなわち質問順序による回答の変化も、「観察の仕方によって観測結果が変わる」という主観-客観境界問題の一部とみなせます。ある順序で質問した場合に得られた意思決定が、質問の順序を逆転させると異なる結果になるということは、「判断」という観測において同時に全ての問いに客観的真理値を割り当てることはできないことを意味します。
この点、物理学のコーヘン=スペッカーの定理が示すように、量子状態には文脈に独立した客観的値(隠れた変数)を割り当てられないというコンテクスチュアリティの原理がありますが、人間の意思決定にも類似の特徴が示唆されます。心理学者のJerome Busemeyer氏も「多くの質問には、あらかじめ頭の中に格納された固定の答えがあるわけではなく、その場の文脈と状態から都度構築される」と述べており、これは量子モデルの主張する「観測による状態構築」と合致します。
このように量子モデルは、観察者の介入を理論の中心に位置付けます。それによって、「主観と客観の境界」は従来のモデルより融解し、むしろ主体の認知行為と客観的判断結果は不可分であるとの理解が深まります。この含意は哲学的にも興味深く、意思決定における客観性・主観性の問題や、人間の意思決定を記述する際の観点について、新たな議論を喚起しています。
量子的意思決定モデルへの批判と今後の展望
モデルの検証可能性をめぐる議論
量子的意思決定モデルの発展に伴い、いくつかの哲学的論点や批判も提起されています。まず「量子」はあくまで比喩か実在かという問題があります。量子認知科学の支持者たちは「脳や心が量子的に動作していると主張しているわけではない」と明言しています。量子モデルはあくまで数学的形式の類推であり、心理的現象に現れる構造が量子論と相似であるためその形式を適用しているに過ぎません。
しかし一方で、「単なるメタファーとして量子論を使うのは牽強付会ではないか」との批判もあります。つまり「脳内で量子力学的なプロセスが起きていない限り、量子モデルは現象の表面的記述に留まり本質的な説明ではないのでは」という懸念です。この点について、社会科学者のアレクサンダー・ウェントは「たとえ物理的に脳が量子的でなくとも、心的現象を量子論で記述できること自体が示唆的であり、心の本質に関する理解を深化させる可能性がある」と述べており、単なる比喩以上の意義を認める見解も存在します。
また、量子モデルは古典モデルに比べてパラメータ数が多く柔軟であるため、事後的にどんな現象もフィットできてしまうのではないかという批判があります。実際、一部の研究では量子モデルと古典モデル(例えばノイズ付きベイズモデル)で適合度の差がほとんどなく、量子モデル特有の予測が存在しないケースも指摘されています。これに対し量子モデルの研究者は、QQ平等原理のように量子モデルだからこその具体的予測を提示し、反駁を試みています。
他分野への応用可能性
量子モデルを支持する立場は「人間の意思決定を新たな合理性の光で再評価すべきだ」という規範拡張論とも言える主張を含みます。これに対し伝統的な意思決定理論の立場からは、「合理性の基準を安易に変更すべきではない」「量子モデルは現行の合理性概念を曖昧にする」といった反論があります。Elqayam & Evans (2013)は、認知バイアス研究における”記述的アプローチ”と”規範的アプローチ”を区別し、量子モデルは記述的成功を規範的正当化と混同する危険があると指摘しています。
量子モデルの思想は、認知科学以外にも経済学や社会科学で提案され始めています。例えば量子ゲーム理論や量子ファイナンスでは、人間エージェント同士の相互作用や市場の不確実性に量子的アプローチを適用する試みがあります。しかしこれらについても「単に数理的道具を借用しているだけで、現実の社会現象に量子的本質があるわけではない」との批判や、「異分野の現象に潜む文脈依存性を統一的に記述できる可能性」といった期待が混在しています。
総じて、量子的意思決定モデルは人間の判断・選択に対する新たな見方を提供し、主観と客観の関係や合理性の定義に関する深い哲学的問いを提起しています。支持する研究者は、これまで説明できなかった現象に統合的説明を与えるパラダイムシフトだと評価しますが、批判的な声も依然根強く、今後も理論的・実証的な検証と哲学的議論が発展していくことでしょう。
まとめ:量子的視点がもたらす意思決定研究の新展開
量子的意思決定モデルは、古典的な期待効用理論やプロスペクト理論では説明困難だった人間の判断パターンに、統一的な説明枠組みを提供します。ヒルベルト空間と量子確率を用いることで、選好の非推移性、文脈依存的判断、質問順序効果といった現象を、測定の非可換性や量子干渉という概念で自然に記述できるようになりました。
このアプローチは、人間の合理性概念そのものを問い直します。古典理論では「非合理的バイアス」とされてきた現象が、実は量子的な意味では合理的である可能性を示唆し、合理性の定義をより包括的なものへ拡張する道を開いています。また、観察者効果の導入により、意思決定における主観と客観の境界が曖昧化し、選好は観測によって構成されるという新たな認識論的視点をもたらしています。
もちろん、量子モデルには検証可能性やパラメータの恣意性をめぐる批判も存在します。今後は、量子モデル特有の予測を実証的に検証し、古典モデルとの明確な差異を示すことが求められるでしょう。同時に、この理論枠組みが他分野(経済学、社会科学、組織論など)にどこまで適用可能かを探ることも、重要な研究課題となります。
量子的意思決定モデルは、人間の心と判断の本質に迫る新たなパラダイムとして、今後の認知科学と意思決定研究に大きな影響を与えていくことが期待されます。
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