AI研究

環世界とAI:ユクスキュルから現代認知科学への知覚理論の系譜

環世界概念が切り拓く認知科学の新地平

現代のAI研究において、機械がどのように世界を「知覚」し「理解」するかという問いは避けて通れない課題となっている。この問いに対して、20世紀初頭にドイツの生物学者ヤーコプ・フォン・ユクスキュルが提唱した「環世界(Umwelt)」という概念が、新たな視座を提供している。環世界とは、各生物が自らの感覚器官を通じて構築する主観的な知覚世界を指す。この概念は現象学や認知科学を経て、現代のロボティクスやAI設計にまで影響を及ぼしている。

ユクスキュルの環世界論:生物固有の知覚世界という革新的視点

環世界の基本概念と機能環

ユクスキュルは、生物がそれぞれに固有の環世界を持つと提唱した。環世界とは、各生物がその感覚器官と行動を通じて構築する主観的な「知覚の世界」である。例えば、ダニにとっては「酪酸の匂い」「温かさ」「毛の感触」という三つの手がかりだけが意味を持ち、それ以外は存在しないも同然となる。

この環世界を説明するために、ユクスキュルは「機能環」という概念モデルを提示した。機能環では、知覚界(Merkwelt)と作用界(Wirkwelt)の二つが閉じた回路を形成する。生物主体が知覚するすべてのものが知覚界に属し、主体が環境に働きかけて生み出すすべての効果が作用界に属する。この知覚と作用の循環こそが、その生物にとっての環世界という単位を成すのである。

カント哲学との接続:構成主義的生物学

ユクスキュルの環世界論は、哲学的にはカント的な発想を含んでいる。彼は認識論者イマヌエル・カントの考察を生物学へ拡張し、「主体の持つ構成的な働き」によって経験世界が形作られると考えた。外界から来る物理的刺激はそのまま経験になるのではなく、生物の神経系によって記号(シグナル)へと翻訳され、それが再び主体の外部に投射されて客観的な性質として経験される。

空間や時間といった我々の経験の枠組み自体も、生物の感覚器官や中枢神経系によって形作られるとユクスキュルは論じた。このため、環世界論はしばしば認識の構成主義的側面を持つと評される。環世界とは各主体によって構築された意味の世界であり、生物は客観世界の一部を取捨選択しているだけではなく、自らの感覚と行動を通じて世界を積極的に作り上げているということである。

メルロ=ポンティの現象学的展開:身体と世界の対話

生きられた世界としての環世界

フランスの哲学者モーリス・メルロ=ポンティは、ユクスキュルの環世界概念を現象学の文脈で発展させた。メルロ=ポンティは著書『知覚の現象学』などで、人間を含む生物にとって世界はあらかじめ身体的に生きられていると主張した。彼は「世界の統一性は、認識による明示的な把握より前に、すでに構成されたものとして生きられている」と述べ、知覚主体(身体)が能動的に世界を組み立てていることを示唆した。

メルロ=ポンティにとって、知覚する身体こそが世界を開示する契機であり、我々は身体を通じて初めて世界と関わり「世界を持つ」に至る。この考え方はユクスキュルの環世界論と響き合うものである。知覚は受動的な映像取得ではなく、身体的な意味形成の営みと捉えられる。

メロディとしての環世界:詩的メタファーの意義

メルロ=ポンティは1956-60年のコレージュ・ド・フランスでの自然についての講義の中で、動物の環世界を「ひとつのメロディ」に喩えた。各生物はそれぞれに固有のリズム・調べを持って世界に奏でかけているようなものであり、知覚される色や音、匂いといった要素は楽曲の音符に類するという。

あらゆる人間や動物、植物はそれぞれ主観的な「生物学的内面性」をもち、外界の対象とのあいだに固有の雰囲気(アトモスフェール)を形成している。生き物の内的な世界と外界の対象とは、音楽的な雰囲気=「音楽的環世界」によって包み込まれている。彼はこのように詩的なメタファーを用いて、環世界がそれぞれの生物にとってどのように統一的な様式(スタイル)を持つかを表現した。

ヴァレラによるエナクティブ認知論への発展

オートポイエーシスから環世界へ

チリ出身の認知科学者フランシスコ・ヴァレラは、ユクスキュルやメルロ=ポンティの思想を受け継ぎつつ、生物と環境の関係をエナクティブ認知論として体系化した。ヴァレラは師であるウンベルト・マトゥラーナとともに、生物システムの自己生成を説明するオートポイエーシス理論を提唱し、その延長上で「認知とは生体による環境の創発(ブリング・フォース)である」というエナクティブ(主体的創発的)アプローチを発展させた。

彼らは様々な動物の環世界(Umwelten)を研究し、「我々にとって『世界』と呼ぶものと、生物がそれぞれに持つ環世界を区別することに意味はない」と結論づけた。つまり、客観的な世界があらかじめ存在しそれを認知するのではなく、生物が環境との相互作用を通じて初めて意味のある世界=環世界を生み出すのだという考えである。

意味付けとしての認知:センスメイキング

エナクティブ認知論では、環世界は各エージェント(主体)が「意味付け(sense-making)」を行うことで出現する領域とみなされる。認知とは記号操作ではなく、生物が身体を通して環境に働きかけながら自らにとって意味ある世界を織りなしていくプロセスだということである。

この立場では、ユクスキュルの強調した「主観的な環世界」と、ギブソンの強調した「環境に実在する情報」という二極を、動的相互作用のプロセスとして統合しようとする。近年の研究ではユクスキュルの環世界概念がエコロジカル心理学のリアリズムとエナクティブ認知の構成主義を橋渡ししうるとの提案もある。環世界は、生物が環境から選び取る情報だけでなく主体の内的構成も含む概念であるため、生態学的アプローチと現象学的アプローチの折衷的フレームワークになり得るからである。

現代AIとロボティクスへの応用

エンボディードAIと環世界

ユクスキュルやメルロ=ポンティ、ヴァレラらの環世界論的な視点は、現代の人工知能(AI)研究にも新たな示唆を与えている。特にエンボディード(身体性を持つ)AIや状況に適応するロボティクスの分野では、1980年代以降になってこうした思想が再評価され始めた。

従来の古典的AIは、人間の論理や記号操作をモデル化しようとする認知主義的・計算論的パラダイムが主流であった。しかし1980年代以降、ロドニー・ブルックスに代表される行動型ロボット工学は、「世界はそのまま自分のモデルとして利用できる」と主張し、ロボットがセンサーとアクチュエーターを通じて直接環境と対話する設計を提案した。この考え方は、人間が頭の中で世界の表象を組み立てなくとも身体で世界に関与して知能を発揮するというメルロ=ポンティ的視座と軌を一にしている。

ロボット固有の環世界:非人間中心的設計

具体的な応用例として、移動ロボットの設計でユクスキュルの環世界論を取り入れる試みがある。例えば自律走行する芝刈りロボットを研究した事例では、人間の視点からロボットを制御するのではなく、そのロボットが持つセンサー(例えば距離センサーや衝突検知器など)の組合せからなるロボット固有の環世界を考慮して設計・分析が行われた。

こうした非人間中心的なロボット観では、ロボットは人間と同じ世界認識能力を持つと想定するのではなく、それぞれの人工エージェントが自らの有限な知覚能力の中で環境を意味付けているとみなす。その結果、設計者はロボットの行動原理を理解・改良する際に、人間のアナロジーではなくロボットの環世界を基盤として捉えるようになる。

アクティブ・パーセプションと強化学習

AIにおける知覚モデルも、環世界の観点から再評価されている。ディープラーニングなどの手法は膨大なデータからパターンを抽出する統計的知覚を得意とするが、それらはしばしば受動的で文脈を欠いた認識に陥る懸念がある。これに対し、エナクティブな理論はアクティブ・パーセプション(能動知覚)の重要性を強調する。

能動知覚とは、エージェントが探索的に環境に働きかけながら知覚を組み立てるプロセスである。例えばロボットがカメラを自発的に動かして対象を確認する行為や、AIエージェントが仮説的な行動をとって環境からフィードバックを得る行為が該当する。強化学習型エージェントが環境との相互作用の中で自らにとって有意味な状態表現を獲得していく研究は、まさに環世界的な知覚モデルと言えるであろう。

AIの説明可能性と環世界

環世界論はAIの説明可能性(XAI)や公正性の問題に対しても新たな視座を提供する。AIシステムが高度化するにつれ、その判断根拠が人間には理解しづらくなる「ブラックボックス」問題が指摘されている。この点について、「これまで動物の環世界の違いが我々にとって理解困難であったように、AIも人間とは異なる独自の環世界を持つとすれば、その意思決定は人間には直感的に把握できない場合がある」という指摘がなされている。

実際、「高性能なAIシステムの行動は常に人間の基準で説明可能であるとは限らず、我々は将来的に犬の行動を信頼するようにAIの振る舞いを受け入れる必要が出てくるかもしれない」とも指摘されている。これは、人間が動物の知覚世界を完全には共有できないが経験的にその振る舞いを信頼するのに似て、AIの決定プロセスも人間とは異なる環世界に根ざしている可能性を示唆する。

ヒューマン・マシン・インタラクションへの示唆

環世界の観点はヒューマン・マシン・インタラクション(HMI)デザインにも貢献し得る。人間とAIが相互作用する場面では、しばしば認知や理解のズレが問題となる。それは人間と動物の相互理解が難しいのと同様に、人間とAIが別個の環世界を生きているからだと考えることもできる。

このギャップを埋めるには、お互いの環世界の違いを認識し、その重なり合う部分(共通の理解領域)をデザインすることが重要である。例えば、自動運転車のAIはセンサー群による環世界(LiDARで得た点群データ、カメラの画像、レーダーの速度情報など)を持ち、人間ドライバーとは異なる視点で道路状況を捉えている。HMIの設計では、このAIの環世界を人間に適切に可視化・説明することでドライバーの信頼を得る工夫が求められている。

まとめ:環世界概念が開く認知科学の未来

ユクスキュルの環世界概念は20世紀初頭に生物学から生まれ、その後のメルロ=ポンティの現象学的深化、ヴァレラのエナクティブな再構築を経て、「知覚する主体が世界を構成する」という思想として確立した。それは同時に認知の生態学とも呼ぶべき見方であり、現代のAI・ロボット研究に新たなパラダイムをもたらしている。

環世界論的アプローチによって、AIシステムは単なる計算装置ではなく環境に埋め込まれた主体とみなされ、人間とのインタラクションや理解のあり方についても深い洞察が提供されている。今後のAI開発において、環世界の視点を取り入れることは、AIを人間社会に調和的に統合し、その知覚・行動をより直観的に理解するための重要な鍵となるであろう。

環世界概念は、知覚と認知の本質を問い直し、生物と機械の境界を越えて知能の理解を深める可能性を秘めている。この視座は、AIが単に人間の認知を模倣するのではなく、独自の知覚世界を持つ存在として、人間と共に新たな意味世界を創造していく未来への道筋を示唆している。

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