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SNSにおける集団感情ダイナミクスへのGranger因果性分析の適用:時系列データで紐解く感情伝播のメカニズム

はじめに:なぜSNS上の感情ダイナミクスを分析するのか

ソーシャルメディアは現代社会において、人々の感情や意見が瞬時に可視化される巨大な実験場となっています。災害時の不安、政治的出来事への怒り、株価変動に対する投資家の期待と失望——こうした集団感情の波は、SNS上でリアルタイムに観測可能です。しかし、単に感情を測定するだけでは不十分です。重要なのは「ある感情が別の感情を引き起こすのか」「政府の発信が世論を先導するのか」「投資家心理が市場を動かすのか、それとも逆なのか」といった因果関係の解明です。

Granger因果性分析は、時間系列データにおける予測関係を統計的に検定する手法であり、一方の変数の過去値が他方の将来値予測に有用かどうかを判断します。真の因果関係を証明するものではありませんが、時間的な先行・遅延関係を定量化することで、感情の伝播経路や影響方向を明らかにする強力なツールとなっています。本記事では、主要SNSプラットフォームにおけるGranger因果性分析の適用事例を整理し、方法論から応用可能性まで包括的に解説します。

Twitter(X)における感情と市場・世論の因果関係

株式市場との双方向因果関係

Twitter上の感情分析と金融市場の関連研究は、この分野の先駆的テーマです。Tabariら(2018年)の研究では、Amazon Mechanical Turkでラベル付けされたツイートデータセットを用いてセンチメント分類を行い、日次感情指数と複数銘柄の株価リターンとの間でGranger因果性を検定しました。その結果、多くの株式銘柄においてTwitter感情指標と株式リターンの間に双方向のGranger因果関係が認められています。

この双方向性は重要な示唆を含みます。すなわち、投資家のツイート感情が株価変動を予測し得ると同時に、株価の動きもまた後続のツイート感情に影響を与える相互フィードバックの存在です。市場ニュースがSNS上で話題となり感情を喚起し、その盛り上がりが再び市場参加者の心理に影響する——こうした循環的ダイナミクスが、データから裏付けられたのです。

中国版Twitter(Weibo)での異なる因果パターン

一方、中国のWeiboを用いた研究では、異なる因果パターンが観測されています。Xuら(2017年)はWeibo上の感情を5つの基本感情(怒り・嫌悪・恐れ・喜び・悲しみ)に機械学習で分類し、中国株式市場との時間周波数解析とGranger因果性検定を実施しました。興味深いことに、全般的には株価変動が先にあり、それが後からWeibo上の感情変動を引き起こす場合が多いことが報告されています。

特に2014年以降の市場変動期では、株価リターンがWeiboの感情(とりわけ悲しみ)を先導する傾向が顕著でした。逆方向(感情→株価)の因果関係は限定的であり、「市場の悪化が投資家のネガティブ感情を増幅させる」という受動的な反応パターンが確認されました。ただし、Weibo上の強気度(Bullishness)や意見の一致度(Agreement)といった指標については、約40営業日程度のスパンで株価を先行的に押し上げる因果関係も観測されており、感情を細分類することで双方向の影響が時間スケールによって異なることが示されています。

インフルエンサーとオーディエンスの感情的相互作用

政治・世論形成の文脈では、Bae & Lee(2012年)の研究が注目されます。著名ユーザ(インフルエンサー)13名の投稿と、それに対する一般ユーザからの返信・言及ツイート300万件以上を分析した結果、インフルエンサーの発する感情がオーディエンスの感情に影響を与えることが確認されました。さらにGranger因果性分析により、オーディエンス側の感情変化が時間差をもってインフルエンサー本人の感情動向と関連していることも示唆されています。

具体的には、人気ユーザのポジティブなトーンがフォロワーからの返信感情を好意的な方向に変化させ、そのポジティブ・ネガティブ感情比率の時系列変化が、再び当の人気ユーザに対する世間全体の感情風景と連動することが示されました。この研究は、SNS上での感情的影響力を定量化し、ユーザ間の感情伝播を時間系列分析で捉えた先駆的事例といえます。

Weiboにおける政府・メディア・市民の感情連鎖

COVID-19パンデミック初期の感情アジェンダ設定

中国のWeiboは、公共事件における感情ダイナミクス研究に頻繁に活用されています。Fangら(2023年)は、COVID-19パンデミック初期に中国で見られた政府・メディア・一般市民の感情発信の相互作用を詳細に検証しました。公的機関アカウント、伝統メディアアカウント、一般ユーザのそれぞれが投稿したパンデミック関連Weiboから感情を分類し、VARモデルとGranger因果性テストにより三者の感情系列の動的関係を分析しています。

その結果、政府→メディア→一般市民という順序で感情が伝搬する明確な因果パターンが見出されました。すなわち、政府機関が発信する感情(主に安心感や称賛などポジティブ寄りのトーン)がメディアの感情にGranger因果的な影響を与え(χ^2(2)=15.293, p<0.001)、さらにメディアの感情が一般ユーザの感情に影響を与える(χ^2(2)=9.687, p=0.008)というトップダウン型の因果連鎖が確認されたのです。

クロス相関の分析では、メディアと一般の感情系列の間で最も高い相関がラグ13日で現れ、政府と一般ではリード2日で相関が最大となることも報告されました。この知見は、「政府が感情雰囲気を作り、それをメディアが拡散し、結果として世論(一般の感情)が誘導される」という感情のアジェンダ設定的ダイナミクスを定量的に裏付けるものです。パンデミックのような緊急事態における政府・メディアの感情発信戦略の効果を示す重要な証拠といえるでしょう。

Redditコミュニティと市場の相互作用

ミーム株現象とWSBコミュニティの感情

Redditはテーマ別コミュニティ(サブレディット)で構成されるSNSで、特定コミュニティ内の感情と外部指標の因果関係研究が進んでいます。特に注目されたのが、r/WallStreetBets(WSB)という投資関連サブレディットでのGameStopなどミーム株を巡る集団行動です。

2021年前後のGameStop株急騰事件に関する研究では、WSB上の投稿数や平均センチメントスコアの時系列と、実際のGameStop(GME)やAMC株の価格・出来高との間でGranger因果性テストが実施されています。その結果、WSBコミュニティ内の感情指標が一定の遅れをもって株価リターンに影響を与えていることが示唆されました。具体的には、「WSB上のセンチメントがGMEおよびAMCのリターンを異なるラグでGranger原因している」という結果が報告されており、Reddit上の個人投資家感情の高まりが短期的に株価を押し上げる方向に働いた可能性が示されています。

同時に、株価変動がその後のReddit投稿感情を動かすという逆方向の因果も観測されており、価格上昇がさらなる熱狂的投稿を誘発する循環も確認されています。Kmakら(2025年)は、「オンラインの議論量や検索トレンドが株価変動を予測し、同時に株価の変化もオンライン上のエンゲージメントを駆動するフィードバックループが存在する」と結論づけています。

仮想通貨市場での限定的な予測力

しかし、Reddit上のセンチメントが常に市場予測に有効とは限りません。仮想通貨Bitcoinに関するZhumagaziyev(2023年)の研究では、全Redditから「Bitcoin」を含むコメントを収集して日次感情スコアを算出し、ビットコイン価格との因果性を検定しました。その結果、Redditのビットコイン関連感情→価格の因果関係は統計的に確認できず、むしろ価格変動→Reddit感情という一方向の因果関係が検出されています。

つまり、ビットコインの価格が上がった翌日にReddit上で好意的なコメントが増え、価格が下がれば翌日に否定的コメントが増える傾向が認められたものの、ユーザの感情投稿が先に変化して価格に影響する証拠は見られませんでした。この結果について著者らは、暗号資産市場では投資家が価格を見て反応するリアクティブな感情形成が中心であり、感情が先導して価格を動かす予測的要素は限定的であったと議論しています。

感情時系列間の因果関係:災害後の感情連鎖パターン

地震後の感情ステージと連鎖メカニズム

SNS上の集団感情ダイナミクス研究では、異なる種類の感情同士の時間的因果関係、いわゆる感情間の連鎖にも分析が及んでいます。Hilbertら(2023年)は、大規模地震後のTwitter投稿を分析し、異なる情動(怒り・嫌悪・恐怖・興味/関心・悲しみ)の時間的推移間に予測関係があるかを調査しました。

ロサンゼルス、メキシコ、トルコで発生した地震に関するツイートを発生直後24時間に渡り収集・感情分類した上で、ステージごとに区切った感情時系列に対してVector AutoregressionモデルとGranger因果性テストを適用しています。その結果、すべてのケースで共通する単純な感情連鎖パターンは見出せなかったものの、いくつか興味深い傾向が報告されました。

低覚醒度感情の予測的役割

第一に、低覚醒度の感情(例:悲しみ・嫌悪・関心)が他の感情を予測する因果関係にしばしば現れた点です。ロサンゼルス・メキシコ地震では「関心(興味)」が、トルコ地震では「悲しみ」が、他の感情を将来的に有意に予測する頻度が最も高くなりました。逆に、高覚醒度の感情(怒り・恐怖)は他の感情から予測される側に回ることが多く、特にLAケースでは「悲しみ」が将来の「怒り」を予測し、MexicoやTurkeyケースでは「関心」が将来の「怒り」を予測するといった結果が得られています。

これらは、地震直後は恐怖や怒りといった強い感情が噴出するものの、時間が経つにつれそれらは沈静化し、代わりに持続的な悲しみや関心といった感情が後段階で他の感情変化を緩やかに導く可能性を示唆しています。実際、LAケースでは「恐怖→悲しみ→嫌悪」と感情がステージをまたいで連鎖するパターンが終盤に観測され、Mexicoケースでも初期に「恐怖→関心→再度恐怖」という循環的パターンが確認されました。

感情分析の方法論:データ収集から因果性検定まで

辞書ベースと機械学習のハイブリッドアプローチ

Granger因果性分析の前提として、高品質な感情時系列データを抽出する必要があります。SNS上のテキストから感情を定量化する手法としては、大きく辞書ベースと機械学習ベース(含む深層学習)のアプローチが取られています。

辞書ベースの手法では、あらかじめ用意された感情語彙辞典を用いてテキスト内のポジティブ・ネガティブ語や感情関連語をカウントしスコア化します。例えば、Fangら(2023年)のWeibo感情研究では大連理工大学情報検索研究所の「情感辞典」を利用し、エクマンの基本感情理論に基づく7種の感情カテゴリーに辞書語彙が分類されています。辞書法は実装が容易で解釈もしやすいため、SNS感情分析の基礎として広く使われていますが、文脈による意味の違いや皮肉表現を捉えにくいため、ナイーブベイズ分類器による教師あり学習を組み合わせるハイブリッドアプローチも一般化しています。

深層学習モデルによる高精度分類

近年では深層学習や高度な言語モデルを用いた感情分析も増えてきました。Hilbertら(2023年)はIBMのWatson Natural Language Understanding(NLU)サービスを使用し、ツイートを深層学習モデルで怒り・嫌悪・恐怖・喜び・悲しみのスコアにマッピングしています。Watson NLUは大量のテキストで事前学習したモデルで、高精度な感情検出が可能と報告されています。

また、GameStop事件の研究ではTextBlob(ルールベース辞書)によるセンチメント分析と、RoBERTaをファインチューニングしたモデルによる分類とを比較して感情スコアを算出する試みもなされています。さらに最近では、大規模言語モデル(ChatGPT等)にテキストの感情ラベル付けを行わせ、その結果を時系列分析に用いるケースも登場しています。

データ前処理と時系列構築の重要性

データ収集においては、分析目的に応じた適切なフィルタリングと前処理が重要です。多くの研究ではまず興味対象となる投稿をキーワードやハッシュタグでフィルタしています。Hilbertら(2023年)は各地震発生直後にその国のTwitterトレンドを調査し、上位の関連ハッシュタグ(例:「#EarthquakeLA」「#californiaearthquake」等)をキーワードとして24時間分のツイートを収集しました。

収集したデータに対しては、言語や地域情報でのフィルタも行われます。Twitterの場合、言語判定のメタデータが利用できるため、Hilbertらは言語不明または対象外言語のツイートを除外し、分析対象を主に英語に統一しています。多言語データを扱う際には、機械翻訳を用いて一律に英語化するアプローチも一般的です。またURLやハッシュタグ記号、リツイート記号などノイズとなるトークンを取り除く前処理も通常実施されます。

さらに、データ収集後には時間単位への集計が必要です。時系列分析には等間隔の時間ビンが求められるため、研究目的に応じた適切な時間幅でデータを集計します。例えばHilbertら(2023年)は大量データを扱うため1分単位でツイート数および感情スコア合計を集計し、各感情について1440ポイント(24時間)からなる時系列を構築しました。一方、株価や日次世論との比較では日単位でSNS感情指数を算出することもあります。

分析結果の応用可能性と実践的価値

危機管理・防災への貢献

ソーシャルメディア上の感情ダイナミクスに関するGranger因果性分析から得られる知見は、様々な領域で応用が期待されています。大規模災害や緊急事態発生後の人々の感情推移を把握することは、効果的なリスクコミュニケーション戦略に寄与します。例えば地震後の感情ステージ分析では、時間経過に伴う感情の変遷パターン(初期の恐怖・怒りから後段階の悲しみ・関心への移行)が確認されました。これは被災後支援や心のケアのタイミングを図る上で参考になります。

また、SNS上でネガティブ感情(特に怒り)が高まる局面を早期検知できれば、デマや攻撃的投稿が拡散する前に自動アラートや投稿モデレーションで対処するといった実践も可能になります。実際、怒りを帯びたツイートが後に有害な言論増加を招く傾向が示唆された研究は、プラットフォーム運営側の感情に基づくコンテンツ監視システム設計への一助となるでしょう。

世論形成・政策コミュニケーションの最適化

政治選挙や公衆衛生危機において、政府・メディア・市民の感情的相互作用を定量的に捉えることは、メッセージ発信の効果を高めるヒントになります。中国におけるCOVID-19初期対応の分析では、政府のポジティブ感情発信がメディアと市民の感情をリードする因果関係が確認されました。この結果は、政府が意図的に肯定的な感情(安心感や励まし)を発信することでパニック的感情の蔓延を抑え、建設的な世論誘導が可能であることを示唆しています。

選挙や政治キャンペーンでも、SNS上の感情トレンドと世論指標(支持率等)との時間差関係を分析することで、有権者の感情的反応が投票行動に及ぼす影響や、逆に主要な出来事が有権者感情をどう揺さぶるかを評価できます。このような分析は、情報操作への対策やメディアの倫理にも貢献し得ます。

金融市場・経済予測での活用

投資家のセンチメントは市場変動と密接に絡み合うため、SNS感情分析はマーケット予測や異常検知に応用されています。TwitterやReddit上の感情指数が株価や出来高を予見できる場合、ヘッジファンドや個人投資家はそれを取引アルゴリズムに組み込むことで収益機会を得られる可能性があります。実際、Bollenらの研究以来、「ソーシャルメディア感情で株価を当てる」というテーマは継続的に追求されており、多くの研究者が肯定的な結果を報告しています。

近年話題となったミーム株では、従来の財務指標では捉えられない群衆心理の暴走が価格を大きく動かしましたが、SNS上の言及量・感情スコアを監視することで早期に異常を検知できる可能性があります。また暗号資産市場では、SNS感情が極端に偏った際に価格調整が起きる例も報告されており、投資家の過度な楽観・悲観を測る代替データ指標としてSNS感情が注目されています。

まとめ:感情ダイナミクス研究の現在地と今後の展望

SNS上の集団感情ダイナミクスにGranger因果性分析を適用した研究は多岐にわたり、その方法論も辞書ベースから深層学習まで進化しています。Twitter(X)では株式市場との双方向因果や、インフルエンサーとオーディエンスの感情的相互作用が確認され、Weiboでは政府・メディア・市民という明確な感情伝播の階層構造が示されました。Redditではミーム株現象における群集心理と市場の相互作用が定量化される一方、仮想通貨市場では感情の予測力に限界があることも明らかになっています。

災害後の感情連鎖パターン分析では、低覚醒度感情が他の感情を予測する役割を担い、高覚醒度感情は初期に突出するものの時間とともに沈静化する傾向が観測されました。これらの知見は、危機管理、世論形成、金融市場予測、マーケティングなど多様な領域での応用可能性を示しています。

今後の展望としては、SNS感情と他のデータソース(ニュース、検索クエリ、移動データ等)とのマルチモーダルな因果分析や、因果関係の動的変化をリアルタイムにモニタリングする手法の開発が期待されます。SNS上の感情は複雑系であり、因果パターンも状況によって変容しますが、引き続きGranger因果性分析やその拡張手法を駆使することで、デジタル時代の集団心理のメカニズム解明と社会へのフィードバックに貢献していくものと考えられます。

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