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参加的意味形成理論の現代的発展:対話主義と複雑系科学の統合が拓く新たな認知観

はじめに:意味は対話と相互作用の中で生まれる

私たちが日常的に行う会話やコミュニケーションにおいて、「意味」はどこで生まれるのでしょうか。従来の認知科学では、意味は個人の頭の中で構成されるものと考えられてきました。しかし近年、意味形成を複数の参加者が相互に影響し合うプロセスとして捉え直す理論的潮流が注目を集めています。

本記事では、この「参加的意味形成」理論の現代的発展について、バフチンの対話主義と複雑系科学という二つの理論的基盤から解説します。対話における多声的プロセスと、集団における創発的な集合知が、どのように統合されて新たな認知観を形作っているのかを探っていきます。

バフチンの対話主義が示す意味形成の本質

多声的プロセスとポリフォニーの視点

ロシアの思想家ミハイル・バフチンは、言語と意味の本質を対話的なものとして捉えました。彼の理論において重要なのは、意味形成が一つの声や視点から生まれるのではなく、複数の「声」同士の相互作用によって生み出されるという洞察です。

バフチンはドストエフスキーの小説分析を通じて、一つの物語世界に独立した複数の意識や声が存在し、それらが互いに対等に絡み合う**ポリフォニー(多声性)**こそが真の対話性だと論じました。この視点では、どんな理解や意味も、常に複数の視点の「間」で対話的に生成されるため、単一の絶対的な意味は存在しえません。

理解するという行為自体が対話的であり、したがって意味形成には複数の声の相互作用が不可欠であるという指摘は、現代の参加的意味形成理論の哲学的基盤となっています。

応答性の原理が示す発話の本質

バフチンが強調したもう一つの重要な概念が、言葉の持つ応答性です。彼によれば、あらゆる発話は常に何らかの先行する発話に応答しており、同時に未来の応答を誘発しようとするものです。

バフチンは「人間にとって言葉への無応答ほど恐ろしいものはない」と述べ、発話は聞き手からの応答を求めていると指摘しました。一つひとつの発話行為は、それ自体が何かへの返答であり、他者へと向けて発せられると同時に、次の応答を予期して意味を形作っています。

したがって理解という行為も受動的ではなく能動的・対話的であり、理解は常に応答と不即不離に結びついています。発話は常に「問いかけ」として他者に投げかけられ、対話の中でのみ完結しうるのです。

参加的意味形成への理論的基盤

このバフチン的視座は、参加的な意味形成の理論に重要な基盤を提供しています。意味は個人の内面で固定的に構成されるのではなく、複数の参加者の対話的なやりとりの中で動的に共創されるという発想は、まさにバフチンの多声的・応答的な意味観に通じています。

「意味は常に他者との関係性の中で生成する」という洞察は、参加者どうしが相互に影響を及ぼし合いながら新たな意味を紡ぐ参加的意味形成の理念を哲学的に下支えするものといえます。

複雑系科学が明らかにする集合知のメカニズム

創発現象としての社会的認知

複雑系科学の観点からは、集団における意味形成や認知現象が新たな光で照らされます。複雑系科学では、多数の要素(エージェント)の相互作用から、全体としての秩序や知性が自律的に創発することが重視されます。

人間の集団や社会は典型的な複雑系であり、各個人の認知・行動が相互に影響しあうダイナミクスから、個人レベルを超えた集合的パターンが現れます。最新の認知科学の議論でも、人間の集団は複雑で動的なシステムであり、個々の認知から集団レベルの現象が創発すると同時に、集団の性質が個人の認知をも形作ることが指摘されています。

創発とは、個々の要素の単純な振る舞いから、予測不能で新たな秩序や機能が全体に生じる現象です。社会においては、各個人は自律的に判断・行動していても、相互作用の積み重ねによって集団としての知的な振る舞いや意思決定が自発的に組織化されることがあります。

分散認知と相互作用的秩序形成

複雑系の観点では相互作用的秩序形成という考え方も重要です。社会学者ゴフマンが述べたように、対面相互行為には暗黙の秩序やリズムが生まれますが、これも各参加者の振る舞いの調整が自己組織化的に秩序を形作る一例といえます。

認知科学者ヒッチンズの分散認知研究では、航海士のチームがそれぞれ部分的な情報処理を担いながら全体として正確な航海を成し遂げる例など、認知プロセスが個人の頭の中だけでなく人々や道具のネットワークに分散していることが示されています。一人ひとりが持つ断片的知識や手がかりが相互作用によって統合され、個人単独では得られない知や解決策が創発するのです。

協働的創発の具体例

具体的な例として、創造的な集団即興の研究があります。サウヤーは演劇の即興グループを分析し、台本のない即興的なやりとりから新しい物語やアイデアがその場で生まれる過程を「協働的創発」と呼びました。

彼の指摘によれば、即興的な社会的相互行為では結果が事前に決まっておらず、一人ひとりの発話や行動が直前の他者の行動に依存しながら連鎖し、互いの働きかけによって予測不能な新規性が生まれます。このように、集団レベルの新たな意味や秩序が各成員の相互作用の中から自律的に生成されるという複雑系科学の視点は、参加的意味形成のメカニズムを理解する上で科学的裏付けを与えています。

参加的意味形成理論における統合

エナクティブアプローチと第二人称的認知

上記のバフチンの対話的視座と複雑系の創発論は、現代認知科学の参加的意味形成モデルにおいて統合されています。参加的意味形成(Participatory Sense-Making: PSM)は、ハンネ・デ・ヤヘルとエゼキエル・ディ・パオロらによって提唱されたエナクティブアプローチの社会的認知モデルです。

エナクティブアプローチでは、認知を主体が世界に働きかけながら意味を創出する「意味形成」と定義しますが、PSMはこの概念を二者以上の相互行為に拡張し、複数の主体が相互に影響し合う参加的なプロセスとして意味形成を捉え直したものです。

PSMの中核は、相互作用そのものを一種の自律的プロセスと見なし、そこでの協調運動が各参加者の認知過程に影響を与え、新たな共有の意味領域を生み出すという考え方です。デ・ヤヘルとディ・パオロは「参加的意味形成とは、相互作用における意図的活動の協調であり、それによって各個人の意味形成プロセスが変容し、個人単独では生み出せない新たな社会的意味の領域が生成されることである」と述べています。

バフチン対話主義との接続

PSMの枠組みには、バフチン的対話主義のエッセンスが色濃く反映されています。PSMは意味が対話的相互作用の中で共同構成されることを認める点で、バフチンの多声的プロセスの思想と響き合います。

バフチンが提起した「理解・意味は常に対話の中で生まれる」という主張は、PSMでは認知科学の言葉で「社会的相互作用において新しい意味が二人称的に創発する」という命題に置き換えられています。両者とも、意味は単独の主体による内部表象ではなく、複数主体の応答的なやりとりの産物だという点で一致しています。

実際、PSMでは対話分析や会話論の知見も取り入れながら、会話中に二人で一つの文を作り上げる現象や語の意味が文脈の中で変容していく過程など、対話そのものがどのように意味を生成するかを具体的に説明しようとしています。これらはバフチンが文学理論で論じた対話性を、日常的な相互行為や認知科学へ発展させたものと見ることができます。

複雑系科学との統合:動的システムとしての相互作用

複雑系科学との統合について見ると、PSMは相互作用を動的システムとみなすダイナミクスの考え方を積極的に導入しています。デ・ヤヘルらは相互行為の持続中に生じる協調と破綻、再協調の歴史に注目し、それが相互作用システム全体の適応的な成長に繋がると論じています。

たとえば、会話中に一時的に意思疎通が途切れても、参加者同士がそれを修復して対話を続ける経験を重ねることで、次第に互いの呼吸や文脈に慣れ合い、将来的により円滑に相互作用できるようになるといった現象です。このような視点は、相互作用のダイナミクスを複雑適応系の成長になぞらえており、相互作用が自己組織化するプロセスを強調する複雑系科学のアプローチと一致します。

さらにPSMでは、相互の協調運動(同期やタイミング合わせなど)の度合いが、参加者同士の共有感情や理解度に影響を与えることも議論されます。実際の研究でも、対話者同士の身体的シンクロが高まると相互のラポールが高まる傾向や、逆に過度な同期は負の感情下でも起こりうることなどが報告されています。

重要なのは、こうした相互協調のパターンが各参加者にとっての状況の意味づけを変容させうる点であり、PSMではその具体メカニズムを動的システムの観点から探ろうとしています。相互作用ダイナミクスの特性が各個人の意味形成に変化をもたらし、それは両者の意図によらず生じうるという見方は、まさに創発的に立ち上がる相互作用の力学が新たな意味を共同生産することを示しています。

現代における理論的・実証的展開

学際的統合と第二人称的アプローチの台頭

バフチン対話主義、複雑系科学、参加的エナクティブ認知論という三つの理論的支柱に支えられ、現代の参加的意味形成理論は学際的統合のもとに発展を遂げつつあります。理論面では、対話主義の哲学的洞察が複雑系ダイナミクスの言語で再定式化され、PSMのようなモデルとして提示されました。

それに伴い、「相互作用そのものが認知システムである」という第二人称的アプローチが認知科学や人工知能、社会神経科学の分野で注目を集めています。近年の研究では、社会的相互作用を考慮した意思決定モデル(社会的ドリフト・ディフュージョン・モデルなど)が提案され、個々人の意思決定過程と集団全体の意思決定ダイナミクスを統合的に説明しようとする試みもあります。

実証研究の進展

実証研究の面でも、参加的意味形成の観点から多様な検証が行われています。たとえば、乳幼児の発達におけるインタラクションのリズムが言語や社会的理解の発達に寄与するかを調べる研究や、自閉症スペクトラムの人々における相互調整のパターンと社会的理解困難の関連を検証する研究など、相互作用の質的・量的特徴と意味共有の深さを関連づける実験・観察が増えています。

デ・ヤヘル自身も自閉症のエンパワメントにPSMを応用し、自閉症者と定型発達者の相互協調のズレが参加的意味形成を妨げている可能性を示唆しました。こうした研究は、従来個人の欠陥とみなされがちだった現象も相互作用のパターンの問題として再解釈できることを示し、社会的支援の新たな視点を提供しています。

会話分析との統合と実践的応用

最近では、参加的意味形成の理論を対話分析や社会学の「相互行為秩序」と統合する動きもあります。PeräkyläやStevanovicらの研究では、エナクティブなPSMの枠組みと会話分析を組み合わせて、会話における意味の協働的創出プロセスを詳細に記述しています。

彼らは相互行為中の参加者の脆弱性やタイミングが意味共創に果たす役割を検討し、やりとりの中で生じる予期せぬ意味の展開(互いの行為が個人の意図以上の結果を生む現象)を報告しています。これは、対話的自己心理学や心理療法における「共同行為で意味を紡ぐ」考え方とも通底し、実践領域への応用も進みつつあります。

まとめ:21世紀の認知科学におけるパラダイムシフト

参加的意味形成理論は、バフチン的対話観と複雑系的創発観を融合した包括的アプローチとして深化しており、近年の理論的・実証的研究によってその有効性が裏付けられつつあります。個人を超えて「相互に関わり合うプロセスそのもの」が意味と認知の担い手となる視点は、21世紀の認知科学・社会科学におけるパラダイムシフトの一翼を担っているといえるでしょう。

今後も、この参加的アプローチは、人間の認知やコミュニケーション、集合的意思決定の解明に向けてさらなる発展を遂げると期待されます。研究者たちは引き続き、対話と複雑系の交差点である「参加的意味形成」という豊かな現象を解明することで、教育や組織運営、社会的課題の解決に新たな知見をもたらしていくでしょう。

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