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身体性に基づく言語獲得とは?メルロ=ポンティとエナクティヴィズムから読み解く意味生成のメカニズム

言語をどのように獲得し、どのように意味を理解するのか。この問いは、哲学や認知科学において長年議論されてきました。従来、言語は記号体系として捉えられ、思考を符号化する手段とみなされてきましたが、フランスの哲学者モーリス・メルロ=ポンティは、言語を身体的表現の延長として捉え直しました。本記事では、メルロ=ポンティの身体性に基づく言語観と、それを発展させた現代のエナクティヴィズムのアプローチを紹介し、身体的相互作用から意味が生まれるメカニズムを探ります。

身体性と言語の関係とは

メルロ=ポンティが提唱した身体的表現としての言語

メルロ=ポンティの現象学的身体論において、言語は単なる情報伝達の道具ではありません。彼によれば、人間の「発話(parole)」は根源的にジェスチャー、つまり身振りであり、そこから意味が直接湧き上がるものです。

重要なのは、言語があらかじめ出来上がった思考を符号化するのではなく、話すという行為の中で思考を具体的に形作り、表現していくという点です。メルロ=ポンティは「発せられた言葉は身振りであり、その意味するところは世界である」と述べており、言語の意味は各単語に貼り付けられた既定の概念ではなく、発話という行為の様式(スタイル)そのものに宿ると考えました。

この視点は、私たちが日常的に経験する言語使用の実態をよく捉えています。例えば、詩人が新しい表現を創造するとき、あるいは子どもが初めて何かを言葉で表現しようとするとき、そこには既成の概念をなぞるだけではない、創造的な意味生成のプロセスが見られます。

言語は思考の前に存在するのか

メルロ=ポンティは「話すこと」と「考えること」がほとんど同一の創造的過程であると指摘しました。これは言語決定論的な主張ではなく、むしろ思考と言語が不可分に絡み合いながら生成される様相を示しています。

私たちが言語を既存のコード体系だと見なしがちなのは、日常の習慣化された言語(「すでに語られた言葉」)ばかりに目を向けてしまうからです。しかし、真正な発話、つまり創造的な言葉遣いにおいては、言語は固定された意味を伝えるだけではなく、新たな意味を生み出す力を持っています。

メルロ=ポンティはまた、沈黙する身体経験と言語とのあいだを架橋する概念として「表現(expression)」を重視しました。彼は「沈黙の下に横たわる起源に立ち返り、その沈黙を破る行為として言語を描き出さねばならない」と述べ、沈黙から言葉への転換こそ人間存在の根源的なドラマだと位置付けました。

エナクティヴィズムと身体化された認知

エナクティヴィズムの基本概念

1990年代以降、認知科学分野で発展したエナクティヴィズム(enactivism)は、メルロ=ポンティの現象学的思想と深い親和性を持っています。フランシスコ・ヴァレラ、エヴァン・トンプソン、エレノア・ロシュらによる著書『エンボディード・マインド』(1991年)で体系的に提唱されたこのアプローチでは、認知を「エナクション(作用の創発)」と捉えます。

エナクティヴィズムの核心的アイデアは、有機体(生体)の活動を通じて意味の領域や「世界」を立ち上げる過程こそが認知である、というものです。つまり、生物が環境と動的に相互作用する中で、環境に秩序や価値のドメインが「enact(現れ出る)」してくるというわけです。

このアプローチは、伝統的な表象主義(心を入力情報を内部で表象・計算する装置とみなす見解)への批判として登場しました。エナクティヴィストたちは、心は受動的に情報を写し取るのではなく、身体を通じた環境とのかかわりそのものが心的活動を形作ると主張します。

メルロ=ポンティとの共通点

エナクティヴィズムの創始者たちは、メルロ=ポンティをはじめとする現象学の知見から大きな影響を受けています。特に「世界への存在(être-au-monde)」としての生きられた身体という考え方は、エナクティヴィズムの基盤となっています。

具体的な接点として、まず身体と環境の相互構成という視点が挙げられます。メルロ=ポンティの現象学では、身体は常に世界との関係の中にあり、身体が世界を知覚し行為することで世界の意味的な様相が形作られるとされました。エナクティヴィズムにおいても、生物が環境に働きかけ環境から働きかけられる歴史的な相互作用の中で、主観的な意味の世界(環境)が構成されると考えます。

また、知覚を能動的な探求(アクティブな探査)とみなす点でも両者は一致します。メルロ=ポンティは、知覚主体は世界から受け身にデータを受け取るのではなく、自ら身体を動かし働きかけることで対象を浮かび上がらせると述べました。エナクティヴィズムもまた、知覚経験は生物が環境を積極的に探索することによって成立すると捉えています。

身体的相互作用から生まれる意味

ジェスチャーと意味の起源

メルロ=ポンティの「身振りとしての意味」という考え方は、現代の哲学者マーク・ジョンソンによって発展させられました。ジョンソンは、身体の身振りに内在する意味(immanent meaning)がそのまま言語的・概念的意味の基盤となっていると論じています。

ここで言うジェスチャーとは、特定の手振りだけでなく、声の抑揚やリズム、視線や姿勢など、人間の身体表現全般を含みます。ジョンソンによれば、メルロ=ポンティの功績は心身二元論を退けて意味を人間の身体的経験に結びつけ直した点にあり、そこから概念理解や言語理解も根本的には感覚・運動的なパターンに支えられているという洞察が得られます。

「発せられた言葉はジェスチャーであり、その意味するところは世界である」というメルロ=ポンティの言葉は、私たちが言語によって意味を伝達するとき、実際には身振りを通して世界の断面を提示しているのだという示唆と言えるでしょう。

概念的メタファーと身体経験

ジョンソンとジョージ・レイコフらの研究によれば、日常言語に満ちている隠喩(メタファー)表現でさえ、身体的経験の投影として理解できます。例えば「時間が迫る」「議論で攻撃する」といった表現は、それぞれ空間的・身体的経験(距離感覚や力動的相互作用)の投影であり、抽象概念も身体由来の構造で把握されているというわけです。

この「概念的メタファー理論」は認知言語学の一部として提唱されましたが、その哲学的含意は、意味の起源を身体に求める点で現象学的立場と響き合うものです。

ただし、メルロ=ポンティの現象学と言語哲学は、単なる認知過程の記述に留まらず、意味が生成される存在論的・現象学的条件を問う点に特色があります。彼は、意味とは主観内部にある表象でもなく、世界に既定された客観的値でもなく、身体を介した主体と世界の関わり合いから立ち現れる「現象的真理」であると捉えました。

現代哲学における応用と発展

ショーン・ギャラガーの貢献

現象学と認知科学の橋渡しを行うアメリカの哲学者ショーン・ギャラガーは、メルロ=ポンティの考えを現代の心の哲学に取り込んだ代表的論者です。

ギャラガーは著書『身体が意識をつくる』(2005年)において、神経科学の知見とメルロ=ポンティの身体図式(body schema)概念を統合し、身体が自己意識や認知能力を形成する様相を解明しました。また、共著『現象学的な心』(2008年、ダン・ザハヴィとの共著)では、現代の4E認知科学(embodied(身体性)、embedded(環境埋め込み)、enactive(エナクティブ)、extended(拡張)という心の捉え方)にメルロ=ポンティを含む現象学の成果が貢献することを示しています。

特に注目すべきは、他者理解のメカニズムについての彼の理論です。ギャラガーは、心の理論(他者の心的状態を推論するモデル)に代わり「相互作用による直接的理解(interaction theory)」を提唱しましたが、その基盤にはメルロ=ポンティの身体間の相互主観性(intercorporéité)の考え方があります。これは、人間がお互いの身体表現を直接知覚しあうことで意味や意図を感じ取るというモデルです。

マーク・ジョンソンの身体化された意味論

マーク・ジョンソンは認知哲学・言語哲学の分野で身体性にもとづく意味論を発展させた人物です。ジョンソンはそのキャリアを通じて一貫してメルロ=ポンティに言及しており、彼の著作や論文ではメルロ=ポンティの言語観・意味観がたびたび理論的支柱として登場します。

ジョンソンは「意味の中核には感覚的・身体的な質がある」と主張しますが、これはメルロ=ポンティの言う「表現の様式としての意味」の思想と響き合います。彼の近年の著作では、芸術や美的経験における意味形成から日常的思考に至るまで、あらゆるレベルの意味作用を身体的経験の連続として捉える包括的な理論が提示されています。

ジョンソンは美学と認知を結びつけ、感性的な質感(クオリア)や情動が、人間の最高度に抽象的な思考や言語活動においても基底を成していると論じました。この議論はプラグマティズムとも響き合い、意味の生成には論理分析を越えた身体的・情動的側面が不可欠であることを強調しています。

エヴァン・トンプソンのエナクティブ・アプローチ

カナダの哲学者エヴァン・トンプソンは、エナクティヴィズムを哲学的に深化させた重要人物です。彼はヴァレラらとの共著『エンボディード・マインド』でエナクション概念を提示した後、単著『Mind in Life』(2007年)において、生命現象と心的現象の連続性を謳い、メルロ=ポンティの現象学と生命科学を結び付ける試みを行いました。

トンプソンは明確にメルロ=ポンティに言及し、彼の思想を「生物学的現象にまで拡張された現象学」として位置づけています。例えば、生物が環境との相互作用の中で自己を維持しつつ世界を意味づける様子を、メルロ=ポンティの「行動の構造」や「生きられた身体」の概念になぞらえて説明します。

トンプソンの議論する「センスメイキング(sense-making)」とは、まさに有機体が世界に対して意味のある反応と選択を行う過程であり、これはメルロ=ポンティが述べた人間の知覚における志向性のループ(対象が身体を呼び覚まし、身体が対象を意味づける循環)を生物学的スケールで一般化したものと見ることができます。

まとめ:身体性に基づく言語理解の未来

身体性に基づく言語獲得と意味生成の研究は、メルロ=ポンティの先駆的な哲学的洞察から始まり、現代のエナクティヴィズムや認知科学によって新たな展開を見せています。言語を単なる記号体系ではなく、身体的表現の延長として捉えることで、私たちは言語理解や意味生成のより豊かなメカニズムを理解できるようになります。

特に重要なのは、以下の点です:

  1. 意味の身体起源説:言語的・概念的意味は、身体を通じた世界経験のパターンから形成される
  2. 発話行為の創造性:言語表現は新たな意味を生み出す創造的行為であり、音声や身振りと不可分
  3. 沈殿と革新の循環:過去の身体的表現が文化的意味として固定化され、それが新たな表現によって刷新されていく
  4. 相互主観性と身体:言語意味は個人内に完結せず、複数の身体の相互作用によって生成・変容する

今後の研究では、これらの哲学的洞察を実証的な言語学研究や人工知能研究と結びつけることで、より実践的な応用も期待できます。子どもの言語獲得支援、第二言語教育、さらにはAIの言語理解メカニズムの改善など、様々な分野で身体性に基づくアプローチが有効な視座を提供する可能性があります。

メルロ=ポンティが提示した「身体と意味の不可分性」という原理は、単に歴史的意義を持つにとどまらず、現在進行形の哲学的・学際的探究に刺激を与え続けています。身体性という視点から言語と意味を捉え直すことは、人間の認知と存在のあり方を根本から問い直す営みなのです。

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