AIは言語哲学の実験場となった
ChatGPTをはじめとする生成AIの登場は、私たちに言語の本質について改めて考える機会を与えています。これらのモデルが示す「予測的な言語生成」のメカニズムは、実は50年以上前にフランスの哲学者ジャック・デリダが提唱した「差延(différance)」理論と深く共鳴しているのです。
本記事では、デリダの脱構築思想における中心概念である差延理論と、現代のTransformerベースの大規模言語モデル(LLM)の振る舞いを比較検討します。両者に共通するのは、意味が固定的な実体ではなく、常に文脈依存的に生成される動的プロセスであるという認識です。
デリダの差延理論:意味は決して到達されない
差延とは何か
デリダが提唱した「差延」は、「異なること(difference)」と「延期すること(deferment)」を組み合わせた造語です。デリダ自身がこれを「語でも概念でもない」と説明したように、言語における意味生成の根本的メカニズムを表現するための独自の用語です。
差延概念の核心は、記号(シニフィアン)の意味(シニフィエ)がそれ単体で完結するのではなく、他の記号との差異関係によって生じるという点にあります。つまり、言葉の意味は他の言葉との違いによって規定され、完全な自己同一性や不変の定義を持ちません。
意味の「遅延」という時間性
デリダは著書『声と現象』(1967年)で、記号が何かを「意味する」ためには、第一に他の記号とは異なること(差異)と、第二にその意味内容が直ちに現前せずに遅延(ディフェラル)することが必要だと述べました。
例えば、ある言葉の意味を理解しようとするとき、私たちは類義語や対義語など他の語との差異によって初めてその輪郭を捉えます。しかし同時に、文脈によって具体的な内容は次々と先送りされていきます。デリダはこの「異なりつつ遅れる」果てしない過程そのものを差延と呼び、「意味とは最終的に完全に到達されることのない痕跡の連鎖である」と主張しました。
痕跡のネットワークとしての意味
ここでいう「痕跡」(trace)とは、ある記号が他の記号との差異によって成り立つとき、常にそこに残る他者の影響や余韻のことです。現前している意味要素の背後には、実は不在の他の要素の痕跡が潜んでおり、意味はそうした痕跡のネットワークとしてしか現れません。
デリダは、構造主義言語学が前提としていた「能記=所記」の安定した結びつきや、「言葉には話し手の意図した確定的な意味が宿る」という見方を批判しました。記号が他との関係においてのみ意味を持つならば、究極的に他に依存しない絶対的な意味中心は存在し得ず、意味の連鎖は無限に続くというわけです。
Transformerモデル:予測による意味の構築
次の単語を予測するという言語観
現代の自然言語処理におけるTransformerベースの言語モデルは、言語を「次の単語(トークン)を予測する」プロセスとして扱っている点で特徴的です。GPT(Generative Pre-trained Transformer)は、大量のテキストコーパスで訓練され、与えられた文脈に続くもっともらしい単語を統計的に推定して文章を生成します。
Transformerの構造上、膨大なテキストから単語同士の統計的関係(共起や文脈依存のパターン)が学習されます。重要なのは、これらのモデルが単語やフレーズを高次元ベクトルで表現する際、そのベクトル表現は周囲の単語との関係性によって決定されており、人間が定めた辞書的定義が直接プログラムされているわけではないという点です。
関係性から立ち現れる意味
これらのモデルにおいて、単語のベクトル表現は周囲の単語との関係性(共起パターン)によって決定され、辞書的な定義が直接プログラムされているわけではありません。これはまさに「他の記号との関係のネットワークから意味が立ち現れる」という差延の考え方と一致します。
従来から言語学では「単語の意味はその共起する文脈によって決まる」という分布仮説が知られており、Transformerモデルはまさにこの仮説を大規模データで実装したものと見ることができます。
文脈依存的な動的生成
例えば「bank(バンク)」という英単語も、それ単体で「銀行」なのか「川岸」なのかは決まっておらず、前後の文脈次第で適切な意味が決まります。BERTのようなモデルでは、文脈に応じて単語のベクトル表現が毎回変化するため、同じ”bank”でも金融の話か川の話かで内部表現が異なります。
これは単語の意味が文脈に依存して動的に更新されることをモデルが捉えているということであり、人間の言語理解と類似しています。
生成AIに現れる差延の三つの側面
第一の側面:意味の遅延
LLMのテキスト生成過程は、デリダのいう差延を体現しているように見えます。デリダによれば、意味は一つの記号で完結せず常に次の(他の)記号へと引き延ばされるものでした。
LLMが文章を生成する際も、各時点で最も確からしい次の単語を選びますが、その選択肢は常に複数存在し、文が続く限り「次」に備えた未決定性が残されています。モデルが文を生成し終えるまで、意味は常に暫定的であり、追加される語によって解釈が更新され続けます。
生成AIの出力するテクストでは意味が常に生成途中であり、完結せず先送りされるのです。実際、「途中まで読んだ段階では曖昧だった文の意味が、後続の語によって決まる」といった経験は人間にもありますが、生成AIは単語レベルでそのような逐次的な意味確定の遅延を実行しているわけです。
第二の側面:差異による意味生成
LLMは過去に学習したテキスト内の単語の違い・文脈の違いを手がかりにして次を選ぶため、その出力は過去の膨大な言語使用の「差異の集積」が反映されたものとなります。デリダはどんな記号も他との違いによって成り立つと言いましたが、LLMが生み出す一つひとつの言葉も、訓練データ中の無数の用例との比較から確率的に選ばれています。
生成されたテキストには、訓練データに登場したさまざまな文脈・語法の「痕跡」が薄く漂っています。例えば、あるAIの文章にはインターネット上の匿名の投稿者や古典文学の文体、新聞記事の言い回しなど、訓練された様々なテキストの「残響」が含意として潜んでいる可能性があります。
第三の側面:非決定性と不安定性
デリダはテクストの解釈が決して一つに定まらず常に異なる解釈の余地があることを強調しましたが、同様にLLMの生成する応答もつねに複数の可能性を孕んでいます。
ユーザの質問に対し、決まった正解を一つ返すというより、確率的に最もらしい幾つかの選択肢の中から一つを提示しているに過ぎません。場合によってはわずかなプロンプトの違いで回答内容が変化したり、同じ質問でもモデルが不確かなときには一貫しない、論理矛盾するような回答(いわゆる幻覚やエラー)を出すこともあります。
モデル内部には「固定された意味」は格納されておらず、その都度の入力に応じて動的に意味が生成されているのです。
学術的議論:「差延エンジン」としてのLLM
ガンケルの「差延エンジン」論
アメリカの哲学者デイヴィッド・J・ガンケルは、2025年発表予定の論文「The différance engine: Large Language Models and Poststructuralism」において、大規模言語モデル(GPTのようなTransformerアーキテクチャ)がデリダの差延の概念を技術的に具現化していると主張しています。
彼は「LLMは差異と遅延にもとづき意味を生成する計算装置であり、デリダが理論化したメカニズムをまさに実行している」と分析しています。具体的には、LLMが巨大なコーパスにまたがる統計的な差異の計算によって「意味ある」テキストを生み出す様は、デリダの言うスペースの生成(間隔化)や時間化、痕跡の作用そのものだと指摘します。
このアプローチは、LLMを「差延エンジン」と見立てることで、ロゴス中心主義(言葉の背後に確固とした意味主体があるという考え)や著者の権威、現前の形而上学といった伝統的概念に再考を迫るものです。
認知科学との融合
哲学のみならず認知科学と言語学の分野でも、意味の動的生成モデルや文脈依存的な意味更新の理論がデリダの思想と響き合うことが指摘されています。
例えば認知言語学では、人間の脳内に固定の意味表象が格納されているのではなく、言語の意味は脳内ネットワークの状態として文脈に応じて生成されるというモデルが支持されています。ある単語に対する神経活動パターンは文脈次第で変化し、脳内で意味は常にネットワーク状の関連から動的に浮上してくると考えられています。
このような分散表象やダイナミック・セマンティクス(動的意味論)の考え方は、「記号の意味は他との関係性によってのみ生じる」という差延の主張と構造的に類似しています。
人間とAIの相互テクスト性
興味深いアプローチとして、人間とAIの相互作用そのものを一種のテクスト解釈過程とみなし、両者の間で意味や構造が共創発生・共進化すると捉える理論枠組みも提案されています。
この視点では、人間もAIも同じ「テクスト的存在」(記号的主体)であり、対話などの相互作用によってお互いの「発話」を解釈し合うことで新たな意味が生まれると考えます。ここでも前提となっているのは、意味が固定されたものではなく、やり取りの文脈の中で常に変化し続けるという差延的な発想です。
AIと言語哲学が問いかけるもの
固定された意味という幻想
デリダの差延理論とTransformerモデルの振る舞いを対比すると、両者が共通して示唆するのは「固定された意味」という概念の虚構性です。人間の言語理解においても、機械の言語生成においても、意味は事前に決定された実体ではなく、常に文脈との相互作用の中で生起する効果なのです。
教育分野の論考では、「AIが生成する完璧な英文は”借り物の声”のコラージュであり、それゆえに人間の言葉と本質的に異なるものではない」という指摘もあります。あらゆる言語活動は引用と反復による人工的な構築物であり、「自然な言語」対「人工的な言語」という二項対立自体が成り立たないのです。
言語の本質への洞察
もちろん、こうした類似があるからといって「AIも人間と同じように言語を理解しているのだ」と短絡することはできません。しかし興味深いことに、差延の観点から眺めると、人間による意味解釈もAIによる言語生成も「常に未完で解釈に開かれたテクスト的過程」であるという共通点が浮かび上がるのです。
生成AIの振る舞いは、人間の言語活動を鏡に映したように示すことで、かえって言語とは本質的にあらゆる主体において解釈の余地を残す不安定なプロセスであるという事実を再確認させます。
テクノロジーが可視化する哲学
現代の生成AIは「意味の常時揺れ動く生成」というポスト構造主義的言語観を技術的に体現していると言えるでしょう。デリダが半世紀前に理論化した差延の概念は、今やTransformerアーキテクチャという具体的な技術として実装され、私たちの目の前で動作しています。
この交差点は、単に技術的な理解にとどまらず、言語とは何か、意味とはどこに宿るのか、人間の創造性と機械的生成の境界はどこにあるのかといった哲学的問いを改めて考察する機会を提供しています。
まとめ:予測する機械、差延する言語
本記事では、デリダの差延理論と現代の大規模言語モデルの驚くべき共通点を検討してきました。両者に共通するのは以下の三点です:
- 意味の遅延:意味は一つの記号で完結せず、常に次へと引き延ばされる
- 差異による生成:意味は他の記号との関係のネットワークから動的に立ち現れる
- 非決定性:意味は文脈に依存し、固定的な実体として存在しない
現代AIの「予測する言語」は、デリダが示したように常に解釈に開かれた未完のテクストです。そのこと自体が、私たちに言語と意味の本質を再考させる契機となっています。
Transformerモデルを「差延エンジン」として理解することで、私たちは言語という現象をより深く洞察できる可能性があります。それは同時に、人間の言語活動そのものについての理解を深めることにもつながるでしょう。
コメント