AI研究

LLMの記号処理と身体性認知の統合による新たなAIアーキテクチャ

LLMと身体性認知:AIが直面する記号接地問題

大規模言語モデル(LLM)は膨大なテキストデータから学習することで、高度な言語処理能力を獲得しました。しかし、これらのモデルには根本的な限界があります。それが「記号接地問題(symbol grounding problem)」です。これは、コンピュータ内部で扱う記号(単語やシンボル)をいかに現実世界の対象や概念に結びつけ、意味を持たせるかという問題です。

LLMは単語間の関係パターンを学習していますが、物理的な世界との紐づけを持ちません。そのため、「机」という単語から人間のように木製の重い家具をイメージしたり、触覚や重量感を伴って理解したりすることが難しいのです。この問題は、中国語の部屋の思考実験になぞらえて「内部でシンボル操作をしているだけで本当の意味理解ではない」と指摘されています。

一方、認知科学では「身体性認知(embodied cognition)」が注目されてきました。この考え方によれば、「認知(知能)は身体を介した環境との相互作用から生まれる」とされています。人間の思考や言語、記憶などの高次精神機能は、身体を持ち環境内で行動することによって得られる経験に支えられているのです。

記号接地と身体性の関係:エナクティブ認知と生態学的アプローチ

記号接地問題と身体性は密接に関連しています。認知科学者Steven Harnadは、「シンボル(記号的表現)は、それより下位の非記号的な表現に基づいて意味づけされねばならない」と述べています。具体的には、視覚や聴覚などの感覚情報に由来する表現や、感覚パターンからカテゴリーの共通性を抽出する表現によって記号を支え、それらとの対応付けによって初めて記号に意味が生まれるのです。

このような統合を語る上で、エナクティブ認知(enactivism)と生態学的認知(ecological psychology)の理論枠組みが参考になります。エナクティブ認知では、意味は行為の中で生成(enact)されるものと考えます。つまり、知識とは頭の中に表象として保存されるものではなく、主体が身体を使って環境に関与する活動そのものが認知であるとみなすのです。

一方、生態学的アプローチでは、「知覚は行為のためにある」という考え方を採用し、人は見る・聞くといった知覚を通じて環境から即座に意味(どんな行動が可能か)を読み取ると説明します。これらの理論は共通して、認知を能動的な主体と環境のダイナミックな相互作用として捉えています。

先端研究におけるLLMと身体性の統合事例

近年、LLMの記号処理能力と身体性・環境適応能力を組み合わせる研究が活発に進められています。以下では、その代表的な事例を紹介します。

PaLM-E:視覚とロボット制御を統合したマルチモーダルLLM

Google研究チームが開発したPaLM-Eは、LLMに実世界の視覚やロボットの状態情報を組み込んだエンボディード(身体性を持つ)マルチモーダル言語モデルです。PaLM-Eでは、言語モデルPaLMに画像やロボットのセンサ状態を表すベクトルを連結し、「視覚と言語が交互に並んだマルチモーダルな入力文」を与えることで、ロボット操作計画や画像質問応答などのタスクをエンドツーエンドで学習しています。

5620億パラメータという巨大なモデルは、ロボットアームによる連続操作計画から画像キャプション生成、視覚質問応答まで多様なタスクに単一モデルで対処できることが示されました。興味深いのは、ロボット操作の学習に加えて視覚と言語の大規模データでも学習しているため、言語モデルとしての汎用知識と視覚・行動ドメインでの経験を相乗効果的に活かせる点です。

Gato:多様なタスクを単一モデルで扱う汎用エージェント

DeepMindが発表したGatoは、「ジェネラリストエージェント」と呼ばれるアプローチで、単一のトランスフォーマーネットワークにテキスト対話、画像キャプション、Atariゲームプレイ、ロボットアーム操作など604種類に及ぶタスクを学習させたものです。

Gatoの特徴は、入力と出力をすべてトークン列に統一することで、ゲームの操作ボタン、ロボットの関節トルク、チャットの文章といった異種のタスクを一つのモデルで扱う点にあります。画像はピクセルデータをトークン化し、ロボットの動作は離散的な行動トークンに符号化して、テキスト生成と同じ生成モデルでこれらを出力します。

訓練には多様なモーダリティ・環境でのデータが使用され、結果として同じ重みを持つネットワークが文脈に応じて「チャットで会話する」「ゲームをプレイする」「ロボットアームを動かす」といった動作を選択できることが示されました。

世界モデル:内部シミュレーションによる意味の獲得

記号と知覚行動を統合する別のアプローチとして、エージェント自身が世界の内部モデル(World Model)を学習する手法も注目されています。これは、エージェントが環境との相互作用データから生成モデルを学習し、自分の内部に簡易な「仮想環境」を構築する試みです。

HaとSchmidhuberによる「World Models」では、強化学習エージェントにピクセル観測から未来を予測するVAE-LSTMベースの世界モデルを学習させました。学習された世界モデルは環境の圧縮された時空間表現を内部に保持し、エージェントはその内部モデル上で試行錯誤(夢の中でシミュレーション)を行うことで、実環境に戻ったとき効率よくタスクを解くことができました。

これは、エージェントが経験から得た知覚パターンを記憶・想像し、行動結果を予見するという点で、疑似的に「環境を頭の中に取り込んだ(エンボディメントした)」とも解釈できます。近年ではDreamerシリーズなどモデルベース強化学習として発展しています。

ロボティクスへのLLM応用:実世界での記号接地

LLMをロボット制御の高位プランナーとして用いる実践的なアプローチも進展しています。その代表例がGoogleが提案したSayCanです。

SayCan:LLMとロボットスキルの連携による実世界タスク遂行

SayCanでは、LLMに与えられた指示からロボットの動作シーケンスを生成させつつ、各ステップの実行可能性をロボットの価値関数(スキル評価モジュール)で評価し、現実の環境に即したプランを選択する仕組みを導入しました。

LLMはインターネットから得た豊富な知識に基づき高水準な手順を提案しますが、それだけでは物理世界で実行不能なアクションを含む恐れがあります。そこで、ロボットが持つプリミティブな技能(一つ一つの動作スキル)をあらかじめ学習しておき、LLMの出力をその技能の組み合わせとして解釈できるようにします。

SayCanにおいてロボットはLLMの「手足」として機能し、LLMはロボットの目と腕を借りて高レベルな計画を遂行するイメージです。この方法により、「ペットボトルを拾ってゴミ箱に捨てる」といった指示に対し、LLMはまず一連の動作候補を文章で列挙し、その中からロボットの現在の状況で実行可能かつ有効なものが選ばれて実行されます。

最新の発展:視覚-言語-行動の統合モデル

SayCan以降の発展として、視覚と言語モデルを組み合わせて環境を把握しながらLLMがステップごとのコード(プログラム)を生成する「Code as Policies」や、対話で状況説明を行いLLMにプランを相談する「Socratic Models」など、様々な方式でLLMをロボットに組み込む研究が進んでいます。

これらはいずれも、LLM単体では欠けている物理世界とのインターフェースを補完し、言語モデルに行動主体としての適応力を与える試みと言えるでしょう。最新のRobotics Transformer (RT-2)のようなモデルは、視覚情報と言語理解を融合させてロボット制御を行う新たなアプローチを示しています。

統合知能の未来:課題と展望

LLMの記号処理能力と身体性・環境適応能力を組み合わせる研究は着実に進展していますが、真に人間らしい汎用知能を実現するには解決すべき課題も残ります。

現在の課題と限界

現状のアプローチでは、まだ以下のような課題が残されています:

  1. リアルタイム学習と自己更新: 身体を持つことによる環境とのインタラクションから、リアルタイムに学習し自己を更新していく能力はまだ十分ではありません。
  2. 新概念の獲得: 環境とのインタラクションから全く新しい概念を獲得する能力は限定的です。
  3. 記号と感覚の対応関係の表現: 記号と感覚の対応関係をどのように表現しモデル内部に保持するかという問題は未解決です。
  4. 計算資源の制約: 巨大なLLMと身体性を持つエージェントを統合するには、膨大な計算資源が必要です。

将来の研究方向性

これらの課題を克服し、より統合的な知能を実現するためには、以下のような研究方向性が考えられます:

  1. 継続学習アーキテクチャ: 環境との相互作用から継続的に学習し、モデルを更新できるアーキテクチャの開発。
  2. マルチモーダルな記号接地: 視覚、聴覚、触覚など複数の感覚モダリティを統合した記号接地手法の探求。
  3. 効率的な表現学習: 物理世界の経験を効率的に表現し、言語モデルと統合するための表現学習手法の開発。
  4. 認知科学とAIの融合: 人間の認知プロセスについての知見を活かした、より自然な統合アーキテクチャの設計。

まとめ:記号と身体の統合による新たなAIパラダイム

LLMの記号処理能力と身体性認知の統合は、AIの新たなパラダイムを生み出しつつあります。マルチモーダルLLM(PaLM-E、Gato)、世界モデル、ロボット制御への応用(SayCan)などの最先端研究は、従来別々に発展してきた「記号とルールのAI」と「身体と適応のAI」の架け橋を築くものです。

認知科学の知見に基づけば、人間の知能は脳・身体・環境の相互作用系から生まれるものであり、AIもまた同様の原理に従うべきと考えられます。今後、ロボット工学、言語学習、強化学習、認知科学の横断的な研究がさらに進むことで、シンボルとセンサモータの両面を備えた新たな知能が現れることが期待されています。

これからの研究テーマとしては、

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