AI研究

量子認知理論をLLMプロンプト設計に活かす方法|文脈制御・重ね合わせ・干渉効果を徹底解説

はじめに:なぜプロンプト設計に「量子認知」が注目されるのか

ChatGPTやClaudeをはじめとする大規模言語モデル(LLM)は、与えるプロンプト(指示文)の書き方一つで出力内容が大きく変わります。この現象を経験則で対処するだけでなく、理論的な枠組みで体系的に理解しようという動きが研究者の間で広まっています。その有力な候補として注目されているのが「量子認知理論(Quantum Cognition)」です。

量子認知理論は、人間の意思決定に見られる非合理的・文脈依存的な行動を量子力学の数学的形式で説明しようとするモデルです。この記事では、量子認知の核心概念である「文脈依存性」「状態の重ね合わせ」「干渉効果」がLLMのプロンプト設計にどう応用できるかを、研究事例も交えながら解説します。


量子認知理論とは何か|LLM設計への応用を理解するための基礎

量子認知の基本:脳が量子的に動くわけではない

最初に誤解を解いておく必要があります。量子認知理論は「人間の脳が量子力学的に動作している」と主張するものではありません。Jerome BusemeyerとPeter Bruzaが体系化したこのモデルは、量子力学の数学的枠組み(ヒルベルト空間・量子確率)を人間の認知プロセスのモデルとして借用するものです(Busemeyer & Bruza, 2012)。

古典的な確率・意思決定理論では説明しにくい現象、たとえば「連言錯誤(conjunction fallacy)」や「選好の逆転」「質問順序による回答の変化」などを、量子モデルは自然に説明できます。その強みが、AI設計の分野でも活かせる可能性として評価されています。

量子認知の3大概念

量子認知がLLM設計に与える示唆は、主に以下の3つの概念を通じて理解できます。

① 状態の重ね合わせ(スーパーポジション) 判断や選択がまだ確定していない状態では、複数の選択肢が同時に可能性として存在します。人間が明確に答えを出せていない状態、つまり「曖昧さを保持している状態」を数学的に表現できるのがこの概念の強みです。

② 干渉効果(インターフェレンス) 複数の選択肢を同時に考慮するとき、確率は単純な加算で計算されるのではなく「干渉項」を伴います。これによって、ある文脈の追加が選択確率を上げたり下げたりする非線形な影響を説明できます。古典的な確率論では扱えない「確率のずれ」が、干渉効果として形式化されます。

③ 非可換性(順序依存性・文脈依存性) 質問や判断の順序を入れ替えると結果が変わりうる性質です。調査研究では、質問Aの後にBを聞く場合と逆の順序で聞く場合で、「賛成」の割合が異なることが実証されています。量子モデルではこの質問順序効果を「測定操作の非可換性」として厳密に形式化します。


LLMにおけるプロンプトエンジニアリングの現状と課題

「プロンプト」から「コンテキスト」設計へ

近年、LLMの活用においては「プロンプトエンジニアリング」の重要性に加え、「コンテキストエンジニアリング」という概念が浮上しています。Anthropicの解説によれば、プロンプトエンジニアリングが「どのような言葉で指示を与えるか」に焦点を当てるのに対し、コンテキストエンジニアリングは「どのような情報をモデルの文脈に含めるか」という包括的な問いに取り組むものです。

LLMはシステムメッセージ、過去の対話履歴、ツールによる補助情報、外部知識など、与えられたコンテキスト全体を基に次のトークンを確率的に生成します。そのため、文脈の構成が変わるだけで出力の質・内容・スタンスは劇的に変化しえます。

経験則に頼った設計の限界

現状のプロンプト・コンテキスト設計の多くは、「こう書くとうまくいく」という経験則やヒューリスティックに依存しています。モデルの内部で情報がどのように相互作用して出力に結びつくかを説明する体系的な理論がほぼ存在しないことが大きな課題です。

ここに量子認知理論が入り込む余地があります。「文脈による状態変化」「曖昧さの同時保持」「情報の非線形な相互干渉」というモデルは、LLMの挙動を新しい視点で捉え直す指針となりえます。


量子認知理論をプロンプト設計に活かす3つのアプローチ

アプローチ①:文脈依存性と順序効果を利用したプロンプト構造

量子認知の非可換性が示すとおり、情報の提示順序は認知的応答に影響します。LLMでも同様に、プロンプト内の情報をどの順番で置くかが出力に影響することが経験的に知られています。この順序効果を意図的に設計に組み込むことで、モデルの応答を構造的に制御できる可能性があります。

重要情報の先出し設計では、最も強調したい文脈や指示をシステムメッセージの直後や冒頭に配置します。量子モデルで言えば「最初の観測(測定)が後続の状態を左右する」のと同様に、プロンプト冒頭の情報がモデルの「初期状態」を方向づけ、後段の解釈や回答方針に連鎖的な影響を与えます。逆に、誤った文脈を一度与えてしまうとその影響を後から取り除くのが難しい場合があります。これは量子論における「基底の射影後に状態が変化する」現象と類似しています。

逐次的なマルチターン設計も有効なアプローチです。ユーザーの曖昧な問いに対して即答させるのではなく、まず「どの側面に関心がありますか?」と確認質問を投げかけ、ユーザーの意図を「観測」してから本題に答えさせる流れです。量子的には、曖昧な状態を一度に収束させるのではなく、段階的な観測によって状態を絞り込んでいくプロセスに相当します。このようなクラリフィケーション質問を組み込んだ対話設計は、誤解による的外れな回答を防ぐ実践的な方法でもあります。

フレーミングの工夫も見逃せません。同じ質問でも「この問題は非常に難しい」と前置きするのと「挑戦しがいのある問題です」と前置きするのでは、モデルの応答傾向が微妙に変化する可能性があります。量子モデルで言えば「観測の文脈そのものを設定する」行為であり、プロンプトによって問いの「測定基底」を変えることに相当します。

Wangらは「量子質問等価性(Quantum question equality)」というモデルを提案し、質問の順序が回答確率に与える差異を事前に定量化できることを示しています。将来的には、このような予測モデルをマルチターンのプロンプト設計に応用し、最適な質問順序を計算的に導出することも考えられます。


アプローチ②:重ね合わせを活かした多解答・並列思考プロンプト

量子認知の重ね合わせは、「まだ確定していない間は複数の可能性が同時に存在する」という考え方です。LLMへの入力が曖昧な場合、モデルは内部で複数の解釈を並行して保持しているはずです。通常は一つの回答が出力されますが、その背後には競合する複数の候補が存在します。

ユーザー意図を重ね合わせとして扱う設計では、曖昧な質問に対し「解釈Aの場合の回答」と「解釈Bの場合の回答」を並列に生成させるよう指示します。たとえば「この絵について説明して」という漠然とした依頼に対し、「①絵の技法について、②絵のテーマや意味について、それぞれ説明してください」と誘導すると、モデルは複数の解釈軸に沿った回答を同時に生成できます。最後にどの解釈が意図に合うかをユーザーが選ぶか、あるいはモデル自身に「どちらがより適切か」を評価させて最終回答を決定(状態の収束)させることもできます。

Ghiselliniらが提案した**Quantum Abduction(量子的仮説推論)**の枠組みはこの考え方をより発展させたものです(Ghisellini et al., Sci, 2025)。この手法では、LLMが生成した複数の仮説をヒルベルト空間のベクトルとして表現し、仮説間の類似度・両立性をもとに干渉項を定量化します。新たな証拠(観測)が与えられるたびに状態を更新し、十分なエビデンスが揃った時点で最終的な説明に収束させます。従来の「矛盾する仮説を排除して一つに絞る」アプローチとは異なり、矛盾する仮説も含めて保持し続け、必要なときまで排除しない点が革新的です。

プロンプト設計として応用するなら、「考えられる答えを2つ挙げ、それぞれの理由を述べた上で最も適切なものを選んでください」という指示が典型的な形です。モデルが自己干渉的に複数案を評価して最終結論を導くという構造は、人間が内省・熟考するプロセスに近く、特に複雑な判断を要するタスクで有効に機能する可能性があります。

また、創造的な応用として、異なる概念を同時に提示して新奇な組み合わせを生成させる手法も考えられます。「『猫』と『量子物理』という概念を同時に念頭において詩を書いてください」のような指示は、量子認知でいう「概念のエンタングルメント(絡み合い)」と類似しており、古典的には相反するアイデアを同時保持することで創発的なテキストが生まれる可能性があります。


アプローチ③:干渉効果を活用したプロンプト要素の相互作用制御

量子認知の干渉効果は、複数の確率振幅が互いに強め合ったり打ち消し合ったりする現象を指します。LLMのプロンプトにおいても、複数の指示や情報が単純に加算されるのではなく相互作用することで、予想外の出力変化が生じます。この干渉を意図的に制御することが、高度なコンテキスト設計の鍵になります。

**相乗的プロンプト(Constructive Interference)**では、特定のスタイルや態度を強く発揮させたい場合に、類似の指示を複数の角度から重ねて与えることで、その特性を増幅できる可能性があります。「丁寧に」という指示を一度伝えるだけでなく、システムプロンプトと本文の双方で異なる表現で繰り返すことで、その信号が補強(同位相の波が重なり振幅が増す)される可能性があります。

逆に**相殺的プロンプト(Destructive Interference)**では、モデルが特定のバイアスを示しやすい場合、プロンプトに反対方向の情報や事例を意図的に含めることで、そのバイアスを中和できる可能性があります。ただし、情報同士が論理的に整合していないとモデルが混乱してしまうリスクもあるため、「適切な位相調整」—つまりモデルが理解できる形で対比・補完関係を明示すること—が重要です。

情報の組み合わせ最適化という観点も見逃せません。GhiselliniらのEntangled Heuristicsの研究では、複数の戦略ルールをLLMに同時に活性化させ、それらが意味論的に干渉し合う現象を「エンタングルメント」と呼びました(Ghisellini et al., arXiv:2507.13768)。この手法では、原則同士のセマンティックな類似度(内積)を測りながら矛盾が生じないよう融合し、一貫した戦略ストーリーをLLMに生成させます。参考情報AとBをプロンプトに組み合わせたとき、「それぞれは有効な情報でも組み合わせるとモデルが迷走する」という現象はこの干渉効果で説明できます。どの情報の組み合わせが補完的で、どの組み合わせが矛盾を引き起こすかを把握することで、コンテキスト選択の精度が上がる可能性があります。

また、干渉効果の視点は「小さなプロンプト変更が大きな出力変化をもたらす」非線形性も説明します。「情報Aを加えると精度が上がり、情報Bを加えても上がる。ならば両方加えればもっと上がる」という単純な加算的思考が通じない場面があるのは、プロンプト設計の経験者なら身に覚えのある現象です。量子認知の干渉モデルは、この非加法的な相互作用を理論として扱える枠組みを提供してくれます。


まとめ:量子認知×LLMプロンプト設計の現在地と今後の展望

量子認知理論の3つの核心概念—文脈依存性・非可換性による順序効果、重ね合わせによる曖昧さの並列保持、干渉効果による非線形な相互作用—は、LLMのプロンプト設計・コンテキスト制御において実践的な指針を与えてくれます。

現在の研究はQuantum AbductionやEntangled Heuristicsなどの形でコンセプト実証段階にありますが、「古典的な手法では衝突して扱えなかった情報を両立させ新たな解を見出す」「揺らぎや曖昧さを排除すべきノイズではなく創発の源として活用する」という発想は、AI研究にとって本質的に重要な方向性です。

プロンプト設計を「観測装置の設計」と捉え直す視点は、利用者がどのように問いかけ文脈を構築するかがAIの応答の質を決めるという事実を、より鮮明に意識させてくれます。量子認知はその名称のインパクトに反して、その本質は「文脈と不確実性を数学的に扱うための形式体系」です。LLM時代のプロンプトエンジニアリングにおいて、この枠組みはまだ発展途上ながらも新鮮な洞察をもたらす可能性を秘めています。

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