近年、AI技術の高度化に伴い、その判断根拠を人間に理解可能な形で提示する「説明可能AI(XAI:Explainable AI)」への注目が高まっています。特に創造的な分野でのAI活用において、人間が持つ暗黙知との関係性は重要な研究テーマとなっています。
本記事では、エナクティヴィズムの理論的枠組みを通じてXAIと暗黙知の関係を探り、創造性支援における説明可能AIの可能性と課題について考察します。AIとの協働による創造的プロセスの向上と、適切な設計指針についても詳しく解説していきます。
XAI(説明可能AI)と暗黙知の基本概念
エナクティヴィズムの視点から見るXAI
エナクティヴィズムとは、認知を「知覚・行為・環境」の相互作用から生まれる動的なプロセスとして捉える理論的立場です。この観点では、知識や意味の理解は主体が環境に働きかけ、そのフィードバックを知覚するサイクルの中で生成されると考えられています。
従来のXAIは、AIシステムから人間への一方向的な情報提示に重点を置いてきました。しかし、エナクティヴィズムの枠組みから見ると、より効果的な説明は人間とAIの相互作用の中で理解が形作られるよう設計すべきです。
具体的には、静的な説明文を提示するだけでなく、ユーザーがAIと対話しながらモデルの挙動を試行錯誤できるインタラクティブな説明システムが有効とされています。この「シミュレーション重視のフレームワーク」は、身体的なプロセスや行動を通した説明により、直感的な理解と信頼の向上につながる可能性があります。
ポランニーの暗黙知理論とAIの関係
暗黙知とは、哲学者マイケル・ポランニーが提唱した概念で、「人は語りうる以上のことを知りうる(We can know more than we can tell)」という言葉で表現されます。これは、個人が経験的に体得しているものの、明確に言語化・体系化できない知識を指します。
自転車の乗り方や顔認識など、我々が直観的に遂行できる熟練作業が論理的ルールとして説明困難である点は、長らくAI研究における障壁と考えられてきました。しかし、ディープラーニングの発展により、AIは人間が言語化できないパターンもビッグデータから自律的に学習し、高度な認識や予測を実現しています。
この状況は、AIが人間の暗黙知に相当する知識を内部に潜在的に保持していることを意味します。XAIは、まさにこのAI内部の暗黙知を人間に理解できる形式知へと変換する試みと位置づけることができるのです。
創造的タスクにおけるXAIの影響
暗黙知の顕在化を促進する効果
創造的活動は、形式知だけでなく豊富な暗黙知に支えられています。適切に設計されたXAIは、ユーザーの暗黙知の顕在化を促進し、創造性を補助する可能性を秘めています。
新製品開発の分野では、生成AIを用いてユーザーの潜在ニーズを引き出す取り組みが注目されています。ある研究では、生成画像AIをユーザーとデザイナーの共創ワークショップに導入した結果、AI画像の介入によってユーザーの曖昧なアイデアや嗜好が具体化され、対話が活性化する効果が確認されました。
このプロセスでは、AIが一種の媒介となって、ユーザーの頭の中にあるイメージや感覚を外化し、他者と共有可能にする役割を果たしています。生成AIの助けでユーザーの発言やリアクションが増え、アイデアの可能性が広がり、振り返りと反復が促されるなど、暗黙知の共有が円滑になることが報告されています。
デザイン支援の領域でも、インタラクティブな発想支援システムが開発されています。デザイナーと共同で学習するアルゴリズムにより、文脈適応的な発想支援と理由の説明を行うシステムでは、提案に対する説明が付くことでデザイナーの省察が促され、創造的な発想の幅を広げるサポートとなっています。
創造性を阻害するリスクと課題
一方で、AIの介入や説明がユーザーの創造性を阻害するリスクも指摘されています。最新の心理学的研究では、人々がAIを用いて創作する際、自分の創造性に対する自信が低下しやすいことが明らかになっています。
AIによって成果物の質や生成速度が向上しても、「それを自分が生み出した」という感覚が希薄化し、自らをクリエイターとして捉える意識が弱まる傾向があります。これは、AIが創造プロセスの中でブラックボックス的に働くとユーザーの貢献実感が失われ、ひいてはモチベーション低下につながる可能性を示唆しています。
また、創造分野では予期せぬ偶発性(セレンディピティ)や多義的解釈から新しいアイデアが芽生えることが少なくありません。しかし、AIが逐一「なぜそれをしたか」を説明しすぎると、かえって驚きや偶発性が損なわれ、創造的体験の魅力が減ずる可能性があります。
透明性と創造性のバランスは重要な設計課題であり、どのレベルまで説明するかの判断が求められます。明示的に語れる知識は我々の知っていることの一部に過ぎないため、説明を通じて得られる理解も常に部分的であるという認識が必要です。
創造性支援のためのXAI設計指針
ユーザー中心の説明設計
創造性支援の文脈でXAIが有益な透明性と理解可能性を提供するためには、ユーザー視点に立った説明設計が不可欠です。説明は専門用語だらけの詳細すぎるものでなく、ユーザーが意思決定や創造に活かせる要点にフォーカスすべきです。
効果的なアプローチとして、「なぜこの提案をしたのか」を直観的な可視化や平易な言葉で示し、必要に応じて深掘りできるオンデマンド形式が推奨されます。個別化された説明(パーソナライズ)や段階的開示によって、ユーザーは自分のペースでAIの内部を理解し、かつ情報過多に陥らずに済みます。
信頼と心理的安心感の醸成も重要な要素です。暗黙知の共有には信頼関係が不可欠であり、AIに対してもユーザーが「このAIは自分のパートナーであり、裏切らない」という信頼を持てることが肝要です。信頼を高めるには、説明が納得できるものであることに加え、AIの限界や不確実性も率直に開示することが有効です。
インタラクティブな理解支援システム
エナクティヴィズムが強調するように、人間は行動とフィードバックを通じて理解を深めます。したがって、創造的なAI支援ツールでは、ユーザーがAIに問いかけたり試行したりする中で説明が得られる対話的インターフェースが効果的です。
例えば、デザイン支援ソフトで「この画像生成はどの要素に着目したのか?」とユーザーが質問し、AIが該当部分をハイライトして答える、といった双方向性があるとユーザーの納得感が高まります。こうした対話的XAIは、ユーザーが自らの暗黙知と照らし合わせながら理解するプロセスを促進します。
説明提供のタイミングや方法も工夫が必要です。創作に没頭している最中に長々と技術的な説明を見せられると、ユーザーの発想の流れ(フロー)が中断される恐れがあります。したがって、必要な時にすぐ参照でき、不要な時は邪魔しないUI設計が望ましいでしょう。
また、説明内容も創造的思考を狭めるような決定的表現より、ユーザーの解釈の余地を残す柔軟なものが好ましい場合があります。「この画像は従来のあなたのスタイルと比べて大胆です」といった説明は、ユーザーの気づきを促しつつ、具体的評価はユーザーに委ねるようなバランスを取ることが考えられます。
まとめ
エナクティヴィズムの視点から見るXAIと暗黙知の関係性は、創造性支援における新たな可能性を示しています。適切に設計されたXAIは、ユーザーの暗黙知を引き出し、創造的なプロセスを促進する補助線となり得ます。
しかし同時に、透明性の追求が創造性を阻害するリスクも存在します。重要なのは、技術主体ではなく人間主体で説明のあり方を設計することです。ユーザーに寄り添ったわかりやすい説明、インタラクティブな理解支援、適度な曖昧さの尊重、そして人間とAIの信頼関係の構築といった条件を満たすことで、XAIは創造的インタラクションにおいて真の価値を発揮できるでしょう。
XAIと暗黙知をめぐる研究はまだ始まったばかりであり、今後さらなる探求が期待されます。エナクティヴな認知理論の深化や、人間の創造性との協調に向けたXAIデザインの実践知が蓄積されれば、AIは単なるブラックボックスではなく、人間の知と創造性を映す鏡として機能し得るでしょう。
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