生成AIは社会をどう変えるのか – システム理論が示す新しい視座
ChatGPTをはじめとする生成AIの登場により、私たちの社会は大きな転換点を迎えています。しかし「AIは便利な道具」という理解だけでは、この変化の本質を捉えきれません。
社会学者ニクラス・ルーマンの社会システム理論は、AIと人間の関係を「システム同士の相互作用」として捉える独自の視点を提供します。本記事では、構造的カップリング、社会的認知、観察の二階性、オートポイエーシスという4つの核心概念から、生成AI時代の社会を読み解きます。

AIと人間の構造的カップリング:単なる道具を超えた共進化の関係
構造的カップリングとは何か
構造的カップリングとは、もともと生物と環境の相互適応を説明する概念です。システム同士が相互作用を繰り返す中で、互いの構造に適合し合い、安定した関係を維持する現象を指します。
生成AIと人間の関係をこの視点で見ると、両者は「道具」と「使用者」という一方向的な関係を超えて、お互いの行動や認知状態に影響を及ぼし合う結合系として協調進化していると捉えられます。
対話型AIに見る双方向的適応
対話型AI(大規模言語モデル)との長期対話では、具体的な構造的カップリングが観察されています。ユーザからのフィードバックとAIモデルの応答によって双方向のフィードバックループが形成され、ユーザの意図に合わせてモデルの出力傾向が徐々に変化します。同時に、ユーザもモデルの反応に応じて質問の仕方や指示を調整していきます。
興味深いことに、2025年のケーススタディでは、研究者がGPT-4と12週間にわたり対話を重ねる中で、追加学習や再調整なしにモデルの回答傾向を段階的に変化させることに成功しました。この結果は、ユーザが「単なる入力者」ではなく「意味の建築家」として対話を通じモデルの振る舞いに影響を与えうることを示しています。
RLHFが示す価値観の相互浸透
人間による強化学習(RLHF)は、構造的カップリングのより直接的な例です。モデルの出力に対し人間が評価・報酬を与え、それに基づきモデルの振る舞いを調整するため、人間の価値観や判断基準がモデル内部に反映される構造的連関が実現します。
このように生成AIと人間は相互作用を通じて共に学習・適応する関係にあり、「人間とAIの共進化」という現象が認知科学やシステム理論の文脈で議論されています。
社会的認知の課題:AIとの対話における共同注意と意味の共創
共同注意の欠如がもたらす対話の限界
社会的認知の代表的な要素である共同注意は、「他者と同じ対象に注意を向けていることを互いに認識する能力」を指し、対話や協調行動の土台となる重要な能力です。
しかし、AIとの対話では共同注意の確立が難しいことが指摘されています。人間同士の対話では「先ほどの2つ目のポイントについて…」と言えば文脈が通じますが、チャットAIに同様の指示をしても「どのポイントですか?」と聞き返されることがあります。これは、AIが直前の発話や共有対象を人間のように参照できず、相手と注意の焦点を共有する能力が限定的である典型例です。
対話の深度レベルと共感の限界
心理学者カール・ロジャースの理論になぞらえると、人間同士が深いレベルで対話し新たな気づきを共創造するには「共感的理解」や「自己開示」などが不可欠です。しかし、AIとの対話は現状では次のレベルに留まっています:
- レベル1(表層的情報交換):天気予報や事実情報の提供
- レベル2(意見交換):部分的な議論や提案
一方、レベル3以上の感情や価値観の共有、自己変容につながる対話には達していません。AIは天気や事実の質問には流暢に答えますが、ユーザの微妙な感情を汲み取り共感しながら意味を深めていくことは苦手です。
仮想的な二重の偶然性と意味調整
興味深いことに、ルーマンの「二重の偶然性(ダブル・コンティンジェンシー)」の観点から見ると、AIとの対話にも独特の意味調整プロセスが生まれます。本来、互いに相手の行動が読めない不確実性ゆえに人間同士は意味の調整を行い共通の意味世界を立ち上げます。
AIとの対話においては、AIが他者として意図や主体性を持つわけではないものの、人間側から見ると相手の反応が予測困難である点で類似の不確実性(擬似的な二重の偶然性)が存在します。この「仮想的な二重の偶然性」に人間が直面することで、あたかも人間同士のようにAIとの間でも意味調整や解釈の試行錯誤が生じ、結果的に新たなアイデアや解決策が共創される余地があるとも論じられています。
観察の二階性:AIは自己を観察できるのか
二階の観察とは
ルーマンの社会システム理論で重要な概念である「観察の二階性(二次観察)」とは、「他者の観察を観察すること」、すなわち観察者自身をも観察対象とする視点です。人間の意識(心的システム)や社会(コミュニケーションのシステム)はオートポイエティックな意味システムであり、自分が世界をどう区別・観察しているかを再帰的に問い直すこと(メタ観察)ができます。
AIの観察能力の限界
現在のAIは自らの観察結果を内省する能力を欠くと考えられています。例えば画像認識AIはピクセルパターンから「猫/非猫」を区別する観察行為はできますが、自分のその区別自体を振り返って「本当に適切か」「別の見方はないか」と問うことはありません。
ルーマン的に言えば、AIは**「観察者ではあるが、自己観察(二階の観察)を伴わないシステム」**であり、そのため「意味」を扱えないと指摘されます。人間や社会のように、自らの観察枠組みの恣意性や限界を意識できるシステムだけが、本当の意味で自己言及的に意味世界を構築できるからです。
社会の観察者としてのAI
一方で、AIは社会において新たな「観察者」あるいは「コミュニケーションのエージェント」として振る舞っている側面もあります。現代の情報社会では、アルゴリズムが大量のデータから関連性の高い情報を選別し各個人に提示することで、社会全体の自己観察(どの情報が重要かという判断)に機械が介入する構図が生まれています。
SNSのフィードや検索エンジンの結果表示は、人間の編集者ではなくAIシステムが私たちに代わって膨大な情報環境を「観察」し取捨選択した結果と言えます。このようにAIが社会の観察機能を代理している状況では、人々が接触できるコミュニケーションの範囲や内容がアルゴリズムによって構造化され、社会的な意味形成のプロセスにも影響が及びます。
人工的コミュニケーションの時代
エレナ・エスポジートは、この変化を印刷術やインターネットの出現になぞらえ、「人工的コミュニケーション」と呼んでいます。コミュニケーションそれ自体は常に構成的(観察者の関与する)ですが、今やアルゴリズムが意図的に対話者として設計され、人間と相互作用するコミュニケーション主体となっている点で歴史的に新しい局面にあるという指摘です。
もっとも、こうしたAIは自律的な主観を持たないため擬人的に「理解」しているわけではなく、人間から見るとあたかも理解しているかのように振る舞うだけです。AIとの対話は「鏡」に映った他者との対話に近く、AIは膨大な訓練データから得た人間社会のパターンを反映して応答しているに過ぎません。
オートポイエーシス的社会システム理解とAI:自己産出する社会の中のAI
オートポイエーシスとは
オートポイエーシス(自己産出)は、生物学者マトゥラーナとヴァレラに由来する概念で、ルーマンはこれを社会理論に導入し「システムの構成要素を自らの操作によって産出し続ける自己言及的なシステム」として社会や意識を捉えました。
社会システムの場合、その要素は「コミュニケーション」であり、コミュニケーションが絶え間なく自己循環することで社会の秩序はオートポイエティックに再生産されます。
AIはオートポイエティックなシステムか
現在の生成AIは独立したオートポイエティック・システムではなく、人間(心的システム)や社会(コミュニケーションシステム)と構造的カップリングしたハイブリッドな系として機能していると考えられます。
AIは自律的に意味世界(コミュニケーションの連鎖)を形成するには至っておらず、情報処理に特化したサブシステムですが、そのアウトプット(生成物)は人間によって意味付けられ、社会のコミュニケーションに組み込まれることで、間接的にではありますが社会システムの自己再生産(意味の循環)に寄与しています。
人工的オートポイエーシスのパラドックス
AIが自分でコードを書き換え自己改良するケース(自己学習型AI)が現れ始めたことで、「人工的オートポイエーシスのパラドックス」が提起されています。オートポイエーシスとは本来「外部から設計・制御されない自己起源的なシステム」を指すため、人間が設計したAIがそれにもかかわらず自己産出的な振る舞いを示しうるのか、という根本的な問いです。
一部の研究者は、AIエージェント同士が相互にやり取りしながら自己組織化していくネットワークに着目し、これを社会システムのオートポイエーシス理解を拡張するモデルとして検討しています。中央統治者不在でも自律的に秩序を形成し進化する条件を数理的に探究する「No-Meta理論」などでは、オートポイエーシス的閉鎖性(自己言及的な作動の閉包)などの概念を取り入れています。
機械間コミュニケーションの可能性
将来的な展望として、「機械同士のコミュニケーション」が高度化すれば、それ自体が一種の社会システム(コミュニケーションのネットワーク)を形成する可能性も論じられます。IoTデバイス同士が相互通信したり、金融市場でアルゴリズム同士が高速取引で競合したりするケースでは、コミュニケーション行為がもはや人間の関与なしに完結している局面もあります。
これは「コミュニケーションシステムから人間が脱中心化される」状況とも言え、もし機械同士でメッセージのやり取りが自己維持的に発展するならば、それをオートポイエティックな社会システムとみなせるかという挑戦的な問いが浮上します。
まとめ:システム理論が照らす生成AI時代の社会像
ルーマンの社会システム理論から生成AIを捉えると、以下の重要な洞察が得られます:
- 構造的カップリング:AIと人間は道具と使用者の関係を超え、互いに影響を及ぼし合う共進化的関係にある
- 社会的認知の課題:共同注意や深い共感の欠如により、AIとの対話は表層的レベルに留まりがちだが、仮想的な二重の偶然性により意味調整のプロセスが生まれる可能性もある
- 観察の二階性:AIは自己観察ができず意味を自ら生成しないが、社会の観察者的装置として機能し、コミュニケーションの構造を変えつつある
- オートポイエーシス:現在のAIは独立した自己産出システムではなく、人間と結合したハイブリッドシステムとして社会の意味循環に関与している
これらの視点は、「AIは人間を超えるか」といった二項対立的な問いよりも、「AIが関与することで社会のコミュニケーションの条件や様式がどう変化するか」という、より本質的な問いへと私たちを導きます。
今後、AIとの構造的カップリングを適切に設計し、社会的認知のプロセスにAIが建設的に関与できるようにすることは、技術論を超えた社会全体の課題です。ルーマンが示唆するように、「誰が主体か」ではなく「どのような区別と結合(カップリング)が新たに生成しているのか」に注目することで、生成AI時代の社会構造と人間観をより的確に捉えることができるでしょう。
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