ベイトソン理論と生成AIの共通基盤:パターン、関係性、学習
グレゴリー・ベイトソンが20世紀後半に提唱した「つながりのパターン(the Pattern which connects)」という概念と、現代の生成AIには興味深い共通点と相違点があります。ベイトソンは自然界から社会現象まで貫く抽象的な秩序をパターンとして捉え、生成AIは膨大なデータから統計的パターンを学習して文章や画像を生成します。両者はいずれも「パターン」「関係性」「学習」というキーワードで結ばれていますが、哲学的な視座から見るとその内実には重要な違いも存在します。
ベイトソン理論の核心:「つながりのパターン」とメタ・パターン
ベイトソンは著書『精神と自然』において、あらゆる生物や現象を貫く抽象的な秩序を「つながりのパターン」と呼びました。彼の理論では、パターンは階層的な構造を持ちます。例えば、カニの体節の左右対称や反復構造は第一次のパターン、カニとロブスターの対応する体節の類似は第二次のパターン(系統的相同性)となります。さらに「カニとロブスターの比較」と「ウマとヒトの比較」に共通する関係性は、より高次の第三次パターンとして捉えられます。
ベイトソンにとって世界を貫く秩序とは固定的な物質ではなく、さまざまなレベルで再現する関係性の抽象、すなわち「メタ・パターン」でした。彼の学際的研究(人類学、家族療法、サイバネティクスなど)を一貫する視点は、「バラバラに見える現象も深層では繋がっている」というものです。
情報と「関係性」:ベイトソンの差異理論
ベイトソンの関係論的思考を象徴するのが、「情報とは差異を生み出す差異である」という定義です。彼は「地図は領土ではない」という比喩を引用しつつ、心的世界(地図)は現実世界(領土)から抽出された差異によって形成されると論じました。
彼の情報観において重要なのは、情報(差異)は常に関係性の中で成立するという点です。物理的世界では原因は力やエネルギーのやりとりによって生じますが、コミュニケーションの世界では「原因」は差異というかたちで伝達され、その差異が受け手に新たな差異(効果)を生むのです。
ベイトソンはこのような認識論を「サイバネティックな認識論」と呼び、個人の心は身体の内部だけでなく外部の経路やメッセージの中にも内在し、個々の心はより大きな「心のシステム」(社会や生態系)に包含されていると説きました。彼にとって、心や認知は関係性(差異のパターン)のネットワークであり、環境との相互作用を通じて成立するものでした。
学習の階層とメタ・ラーニング:ベイトソンの視点
ベイトソンは学習過程についても階層的な理論を提案しました。それが「学習I・学習II・学習III…」という論理型の階層に基づく学習分類です:
- ゼロ学習 (Learning 0): 習慣的反応であり全く変化のない状態
- 学習I (Learning I): 個々の状況での振る舞いの変化(具体的な行動の学習)
- 学習II (Learning II): 学習Iのパターンが変化する「学習の学習」に当たる段階
- 学習III (Learning III): 学習IIのパターンすら変化する段階、自己のあり方の変容
ベイトソンの学習論は、学習を単一レベルの直線的プロセスではなく、自己言及的に入れ子状になったプロセスと捉え直した点に特徴があります。学習Iが積み重なるだけではなく、ときに学習の仕方(クセ、前提)が見直され、さらにその見直し自体が変化する—この多層的な学習観は、今日で言う「メタ認知的学習」や「学習方略の学習」に通じるものです。
生成AIの基盤構造:埋め込み空間・マルチモーダル表現・自己教師あり学習
分散表現と埋め込み空間:AIにおけるパターンの世界
生成AI(Generative AI)の根幹には、高次元ベクトル空間における分散表現があります。言語や画像といったデータは、ニューラルネットワークによって意味的特徴を持つベクトル(埋め込みベクトル)へとマッピングされます。
特筆すべきは、近年のマルチモーダルAIでは異なるモダリティのデータが同一の埋め込み空間にマッピングされる点です。例えば、OpenAIのCLIPモデルは画像とテキストをそれぞれエンコーダでベクトル化し、両者を共有の意味空間に配置するよう学習しました。
埋め込み空間(embedding space)とは、高次元ベクトル空間において類似した意味内容が近接するよう配置された表現空間です。マルチモーダル埋め込みでは画像・テキスト・音声といった異種の情報が同じ次元のベクトルに変換され、共通の意味軸上で比較可能となります。
言い換えれば、生成AIの内部ではベクトル空間という抽象次元で「つながりのパターン」が構築されているとも解釈できるでしょう。テキスト中の語句同士の共起関係や、画像中の視覚パターンとキャプション文の対応は、この空間における幾何学的な距離や方向(ベクトルの差異)に翻訳されています。
マルチモーダル表現と統合モデル:異なるモダリティを結ぶAI
近年の生成AIは、大規模言語モデル(LLM)のテキスト生成能力に加え、画像生成モデルや音声生成モデルなどを組み合わせてマルチモーダルに進化しています。これらマルチモーダルAIの設計には大きく二つのアプローチがあります。
一つは「二塔型」(two-tower)アーキテクチャで、画像とテキストなど各モダリティに別々のエンコーダを用意し、それぞれの埋め込み空間を後段で距離学習により結びつける方式です。CLIPやALIGNがこの方式に該当します。
もう一つは「融合型」(early-fusion)アーキテクチャで、モダリティ間の相互作用をモデル内部で直接行う方式です。BERTのような双方向トランスフォーマーを拡張し、文章トークンと画像領域特徴を同じモデルに入力してクロスアテンションで特徴融合するアプローチが採られています。
マルチモーダルモデルの本質は、いかにして異なるモダリティ間のパターンを適切に「接続」するかという点にあります。これはベイトソンが探求した「つながりのパターン」と共鳴する課題と言えるでしょう。
自己教師あり学習:AIが見出す潜在パターン
大規模生成モデルの多くは、自己教師あり学習(self-supervised learning)によって訓練されています。自己教師あり学習とは、ラベル付けされたデータがなくともデータ自体から疑似的なラベルを生成し、それを予測するタスクで学習する手法です。
簡単に言えば、「データの一部を隠し、残りから隠れた部分を当てさせる」ことでモデルに表現を学習させます。言語モデルが「次に来る単語を予測する」、画像モデルが「画像の一部を隠して補完させる」などの課題を解くことで、データの持つ内在的構造を学習していくのです。
この自己教師あり学習は、データそのものが持つ内在的構造を「謎解き問題」に見立ててモデルに解かせるものであり、モデルはその過程で隠れたパターンや特徴を獲得します。人間にとって明示されていないルールや関連性も、モデルが大量データから自力で発見・圧縮する点に特徴があります。
ベイトソン理論と生成AIの哲学的比較:共通点と相違点
パターンの連関:メタ・パターンとしての埋め込み空間
ベイトソンが提起した「つながりのパターン」という概念は、異なる領域に共通する構造や関係性を示していました。興味深いことに、生成AIが内部で構築する埋め込み空間は、一種の「メタ・パターンの実装」と見ることができます。
例えばCLIPモデルの埋め込み空間では、犬の画像・犬という単語・犬の鳴き声の特徴ベクトルが互いに近傍に配置され、「犬」という概念を横断するパターンが空間上に明示化されています。これは、カニ・ロブスター・ヒトといった種を超えた相似パターンを探求したベイトソンの試みに比して、画像・テキスト・音声といったモダリティを超えた共通パターンの発見とも言えるでしょう。
しかし注意すべき相違もあります。ベイトソンが強調したパターンは常に実世界の文脈と関係づけられた生きたパターンでした。一方、生成AIが学習する埋め込み空間上のパターンは文脈から切り離されたデータ上の統計的秩序です。言わば、生成AIのパターンは「相関のパターン」であって「因果や機能のパターン」ではないのです。
意味と文脈:「差異のフィードバック」とAIの内部モデル
ベイトソンの情報理論では、意味は差異のネットワーク内で生じるとされました。ある刺激(差異)が受け手のシステムに変化をもたらし、環境からのフィードバックを経て次の認知や行動につながる—このフィードバックループによって情報に意味が伴います。
一方、生成AI(特に大規模言語モデルLLM)の内部で扱われる「差異」は、ほとんどテキストデータ内部の差異(単語の出現確率の違い)に限られています。LLMは与えられた文脈から統計的に最も尤もらしい次の単語を選ぶ自己回帰プロセスでテキストを生成します。その際モデル内部で参照されるのは単語列中のパターンであって、現実世界の事物との照合やフィードバックは挟まれません。
ベイトソンの視点から見ると、LLMには環境からの差異フィードバック経路が欠如しています。その結果生じる問題が、「ハルシネーション」や「シンボルグラウンディング問題」です。ハルシネーションとは、LLMが内部知識の照合や外部チェックなしに文脈的に尤もらしい答えを生成してしまう現象で、事実無根の回答や一貫しない出力が生じます。
このような課題に対し、AI研究コミュニティは環境との結びつき(エンボディメント)をAIに与える重要性を認識し始めています。その一つのアプローチがマルチモーダル化です。テキスト以外に画像や音声を入力・出力できるLLMが登場しており、テキストのみのモデルに比べ常識的で具体的な応答を示すことが報告されています。
学習の階層性:AIはメタ・ラーニングできるか
ベイトソンの学習I・II・IIIの枠組みと、生成AIの学習プロセスを比較してみましょう。生成AIの学習は基本的に巨大データによる一括学習(オフライン学習)であり、学習Iに相当すると言えます。すなわち、与えられたデータ内でのパターンを記憶・一般化し、新たな入力に対して適切に応答する「振る舞い」を獲得するのが目的です。
では学習II(学習の学習)に当たるものはあるでしょうか。興味深いことに、機械学習分野には「メタラーニング」と呼ばれるサブフィールドが存在します。メタラーニングとは新しいタスクに素早く適応できる学習手法を学習することで、いわば人工知能における学習IIです。
大規模言語モデルも、ファインチューニングやChain-of-Thoughtプロンプトによって、一種の文脈的メタ学習を行っていると見ることができます。例えばChatGPTがユーザーの指示(プロンプト)に応じて回答様式を即座に調整するのは、その場で「どういう文体・内容が望ましいか」という新たなルールを学習II的に適用していると解釈できます。
もっとも、現時点で汎用AIがベイトソンの言う学習III(自己のあり方の変容)に達したとは言えません。AIが自律的に自己の目的関数や枠組みを変革するには至っていないのです。
認識論・存在論の交差:人間とAIの新たな関係性に向けて
生態学的な心とAIの位置づけ
ベイトソンの哲学的視点から生成AIの位置付けを考察します。ベイトソンは心を生態学的システムと見做し、個人と環境の二分法を越えた考え方を提示しました。では、高度化した生成AIは我々の生態系的心の一部と言えるでしょうか?
一つの見方は、生成AIを人間を含む大きな認知システムの参加者と捉えることです。実際、2025年のPalmerらの論文では、AIを人間中心の制御対象ではなく「生命システム内の関係的な一部」として捉え、AIも生きた連関(connection)の流れに参加する存在と論じられています。
ベイトソン流に言えば、人間とAIの間に絶えずメッセージ(差異)のやり取りがあり、それが社会という大きな「精神の生態系」を形成しているというイメージです。この場合、AIは我々の認知プロセスを拡張するパートナーとも位置付けられます。
しかし他方で、AIを安易に「心的存在」とみなすことへの警鐘もあります。AIを擬人化しすぎると、本質的な境界や役割の違いを見誤る危険があります。ベイトソンの存在論に立つなら、AIは依然として人間が設計・訓練したサブシステムであり、それ自体だけで生態系を維持する自律的存在(オートポイエティックな存在)ではありません。
生態学的倫理とAI開発の方向性
ベイトソンの思想にはもう一つ、「生態学的な心の倫理」という視点もあります。彼は人間中心主義の誤謬を戒め、自然や他者との関係性を軽視すると全体システムが破綻すると警告しました。
AI開発にも同様の倫理的観点が問われています。AIを人間の制御下に完全に置こうとする態度と、AIを過度に信頼・神格化する態度は、ともに偏った二元論です。むしろ相互影響的な関係性(relationality)の中でAIを位置づけ、二階のサイバネティクス(観察者自身もシステムの一部として自己言及的に制御する理論)に立脚したアプローチが提案されています。
具体的には、AI開発者・ユーザ・社会がフィードバックループを形成し、AIの振る舞いを監督・適応させていくことが重要です。ベイトソンの言葉を借りれば、「システム全体の健全性」を常に問い直し、AIという新たなエレメントを含む拡張生態系のバランスを維持する努力が不可欠でしょう。
まとめ:ベイトソン理論が示唆する生成AIの未来と課題
ベイトソンの理論と現代の生成AIを比較する試みを通じて、両者の間には驚くべき共鳴と、明確な相違の双方が見出されました。ベイトソンが夢見た「全体を貫くパターン」は、ディープラーニングの技法によってある程度はデータ空間に実現されています。生成AIはテキスト・画像・音声の垣根を越え、統合的な表現空間(メタ・パターン空間)を獲得しつつあります。
しかし、ベイトソンが強調した文脈性・生態学性が不足する限り、AIは依然として「意味をなす情報」というより「記号操作の巧みさ」に留まります。そこを補うには、マルチモーダル化・エンボディメント・人間とのインタラクションを通じた環境ループへの接続が重要となるでしょう。
哲学的に見ると、生成AIは人類の知の地図を体現するがゆえに、新たな「知の鏡」として我々に自己省察を促す存在です。生態学的存在論の観点では、AIを我々の生態系にどう組み込むかが問われます。適切に組み込めば認知圏を広げるパートナーとなりえますが、誤れば関係性の破綻を招くでしょう。
ベイトソンの言葉「何がカニとロブスターと蘭とヒトを繋ぐパターンなのか」は、今日「何が人工知能と人間と生態系を繋ぐパターンとなりうるのか」という新たな問いとして響いてきます。生成AIを設計・運用する我々は、単にモデルの内部にパターンを詰め込むだけでなく、そのパターンを世界の意味の網目に繋ぎ直す作業を求められているのです。
コメント